かせきさいだぁ
作詞家/ラッパー/ヒネモシスト/漫画家
誰にも頼まれずに執筆を続ける脱力系4コマ漫画「ハグトン」。
ハグトンの好物はカフェラテ(最近はソイラテ)だそう。

ロックンロール文庫 ゴボウくんのたしかにニガイブラックコーヒー伝説

2007.09.14
vol.1「珈琲喫茶シャテニエとムライ〜前編〜」

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 ぼくの好きな食べ物はスイカだ。夏になると必ず食べる甘くて真っ赤で、瑞々しいやつ。
半分に切って豪快に食べるのがイッチバン好き。


 昔実家に住んでいた頃は、八百屋から母ちゃんが4分の1切れ大のスイカを買ってきて、さらにそれを6等分くらいにして家族みんなで食べていた。


 5人家族で男3人兄弟の一番末っ子だったから、切ったスイカの一番端っこがぼくのだったが、そのかわり端っこを2つ食べれた。


 丁寧に種をとって一気に平らげるのが小学生の頃のぼくのスタイル。たまに真ん中に穴をあけてトンネルを作るのも好きだった……。
 だが、いつからか、ぼくはちまちま種なんてとらず、でっかいスプーンでザックザック果肉を掘り、まるまる一個豪快に食ってやりたい!!
 と思うようになっていた。


 1996年、18歳で東京に出て、初めてひとり暮らしをしてむかえたクッソ蒸し暑い8月のある日、武蔵境駅前の八百屋で数ある果物、野菜の中からひときわ自己主張の強い山形県尾花沢産のスイカを迷わず買い、そいつを抱きかかえるようにして独歩通りの商店街を寮に向かって意気揚々と歩いて帰った。


 ぼくはいつものように有刺鉄線に囲まれた、まるで捕虜収容所のような寮の入り口の前に立ち、ドアを開けるための暗証番号を入力した。


……。


 んが、開かない。いつもの番号を入力してるはずなのに、開かない。古すぎで壊れてんだ、この機械。


 ……そのうち寮長が出てきた。このおっさん、理由もなくいつも怒っているから大嫌いだ。
歳は50歳くらいで、小太りした体型にでん六の鬼の面のような顔。怒ると顔がほんとに真っ赤になって目がまんまるく大きくなる。いつも寮の玄関脇の洞穴に身を潜ませ、学生が何かしでかすと角を出して怒鳴るんだ。
 こいつのせいで東京での生活はほんとに憂鬱だった。


 進学先の専門学校から実家に送られてきた、「全室南向きの部屋は洋室の広々とした間取りです。1日2食付きで、1階には大浴場あり。そして親切な管理人と先輩方があなたの学生生活をサポートしてくれます。」と書かれた学生寮のパンフレットを見てた母ちゃんが、「こいなが一番安心だべー」と、すぐに寮に電話し、2年契約した。
 実際は四畳半で畳の上にカーペットを敷いてるだけのウソっぱちの洋室だったし、住んでる人はみんな1年で出ていくために先輩なんてひとりもいなかった。
 引っ越して2日目に生まれて初めてみたゴキブリには大声を出して助けを呼ぶほど衝撃的に恐怖を感じたが、あまりに日常的に目にするため、住んで半年も経つと手で触れるくらいにはなっていた。
 管理人に怒鳴られるより、隣人の部屋のゴキブリ駆除のほうがよっぽどいい。
 
 
 案の定、玄関のドアはぼくの入力の仕方が悪いから開かないってことになった。
 ぼくは親に怒鳴ったり、反抗するなんてことはこれまで1回もなかった。
 なのになぜか、この寮長には喧嘩ごしで、ぼくと寮長が怒鳴りあいながらもめることは珍しくなかった。
 

 結局、入り口の機械が古すぎて数字を読み込まなかっただけなんだけど、いつもぼくが朝飯を食べるのに時間がかかったり、23時の門限を守らないもんだから、ここぞとばかりに寮長がぼくにつっかかってきた。


 うわー、はじまったぁ、めんどくせー、と空を見上げた瞬間、つい、あの大事な大事なスイカを地面に落としてしまった。
 それも、玄関入り口の微妙に段差になっているコンクリートのかどに直撃した。
 その瞬間、外の世界の音が全部止まった。


 あの勇ましくて誇らしげにぼくをまっすぐに見つめていたスイカが、うつ病のお相撲さんみたいな間の悪い表情をして僕を見上げている。そしてゆっくりと半分に割れてぼくのコンバースのスニーカーの上で止まった……。

 思わずぼくはそれを思いきり踏んづけた。スイカの液が寮長の足にとび、それでまた叱られた。

 結局もう片方は寮の自分の部屋に持って帰って半分くらい食べたけど、何でか悔しくて悔しくて、スイカを食べれば食べるほど涙が溢れ出てきた。
 涙の塩っけと、スイカの甘さが妙にマッチしていたのを覚えている。


 途中でスイカを食べるのを止め、珈琲をいれた。

 実家から持ってきたよくわからないメーカーの安物のコーヒーメーカー。
挽いたコーヒー豆と、水を入れてスイッチを押すと熱々の珈琲が出来る。四畳半の部屋にムンムンと広がる香ばしい匂い。さっきまでいきり立っていた気持ちや悲しい気持ちが一気に穏やかな気持ちになる。そのコーヒーメーカーはいつもぼくに魔法をかけてくれた。


 そのときに、初めて喫茶店で働きたいと思った。


 確かに丸1日働けば1万円近くもらえる日雇いのバイトも悪くないし、深夜のパン工場もつらいが金はいい。けど体力に自信のないぼくは肉体労働は長く続かない。引っ越しのバイトもノリが体育会系すぎてすぐに辞めた…。銀座のクラブでボーイのバイトもしたが、あの空気は息苦しくてやっぱり続かなかった…。


 あー、喫茶店がいい!!!!
 珈琲の匂いに囲まれて、あくせくオーダーをとって…。


 そうしよう。


 その1ヶ月後にぼくは自分にぴったりのバイト先を見つけた。
 もう11年前だ。僕が高円寺北口にある喫茶店「シャテニエ」で働き始めたのは。


 はえー。もう11年も経つのかー


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