THE HELLO WORKS
なんか珍しい、見たことも、今まで聴いた経験がない音楽かな? と感じた音楽を聴くことはとても大切だ。 中国に4年間いたイギリス国籍の女性アーティストが、何故そこに出かけて滞在したのか? という質問に対して、「ヨーロッパを外から見る必要があったから」と答えていた。人は、馴染みのあるもの、安心出来るもの、危害を及ばさそうもない、つまりは限界の分かっているもので通常満足するものだ。そして、特定の理由がない限り、それできっといいのだ。なぜなら、そんな世界はもう存在しないから。つかの間の夢を見る権利は誰にでもあるのだから。
上司が急にアフリカ人になって、フランス語のメイルとその翻訳の英語が添付された書類がオフィスの中で洪水、威厳ある校長先生が転んで神経内科でもらった処方箋と錠剤を大量に床にばらまき、アパートの隣にスーツで毎朝定時に出勤するその筋の人が引っ越してきた。~そのようなことが日常的~。そんな世界に僕たちは住んでいるので、お母さんの子宮の中にいるのではないから。
音楽家は違う。音楽家は自分を変えていくのがある程度仕事の一部で、孤立することを畏れず、次々と新しいことに挑戦していくべきだ。そして、その経験を音楽という形で、僕たち聞き手にシェアしてくれるのだ。彼らは聞き手より少し前進していて、異なった視野を持っており、仕事が出来る本当の手を持っているか、もしくは世界を変える可能性を孕んだ頭を持つ、人々、であるから。
なぜヒップホップが日本に定着するのにこんなにも時間がかかったのだろうか? 一つは、ヒップホップが言葉と特殊かつ直接的な関係を持った音楽で、しかも日本語とまったく異なる構造を持った英語の文脈から生まれて来た、ということから。でも、その時に思い出すのがスチャダラパーのことだ。
日本語で、多くの聞き手を獲得するのに最初に成功したグループ……90年代の半ば前、すでに……なぜ、その後スチャダラパーのフォロワーが多く生まれなかったのだろう? フォロワーなんて、気取った言葉を使わなくていい、スチャダラパーの真似をしたグループがなぜ生まれなかったか?
はっきり書こう。3人の才能が傑出していることは間違いない。スチャダラパーのファンは熱狂的にのめり込んだ。スチャダラパーが彼らと同じか下の世代に、それまでになかった何かをシェアすることに成功したからだ。でも、たぶん、彼らは他の分野でスチャダラパーの音楽から受けた刺激を吐き出しているのかもしれない。もしくは、これから、そういうことが起るのかも知れない。
それは興味深いことだ。同時に、スチャダラパーのメンバーの生み出す音楽も変化していく。ヒップホップという音楽自体からも逸脱していくだろうし、そうあってほしい。
SLY MONGOOSEの音楽をどう言葉で簡潔に表すか? SLY MONGOOSEは、よきシェフのように音楽の美食家を喜ばすバンドだ。
しかし、古いタイプの美食家ではなく、ネクロポリスの煌めきに慣れた人々だ。廃屋とプラダ・ビルディングの面白さを両方愛することが出来る美食家を喜ばすことは難しい。それが出来るSLY MONGOOSEは、スタイルにこだわる、とここには書く。スタイルは音楽にとって非常に大切なことは言うまでもない。特に、彼らの行っているのが、街角からすべての人々へ開かれ、メキシコからスカンディナビアまで届く音楽ゆえに。
THE HELLOWORKSは、こうした異なった2つのグループのメンバーが作り上げた新しいもう1つのグループだ。東京が世界的にも面白くなっている2007年、ドアをもう1つ開ける音楽を聞きたいし、そうした聞き手(俺)の勝手な要求とパラレルに、もしくは交差しながら、彼らはどんどん変化していく。変化がきわめてノーマルな状態、そんな東京という場から彼らは生まれたバンドだから。












































