ロックンロールニュース

今の視点で新しい世代に届けたい90年代の名盤を復刻するシリーズ「standard of 90's」。
 Original Love・田島貴男さんのインタビューに続いて、『BARFOUT! Vol.147』から沖野修也さんとの対談を転載させていただきました!

November 2007
Vol.147 より

1993-2007 Individualists Now Vol.2
沖野修也(KYOTO JAZZ MASSIVE)

 来年5月で15周年を迎えるバァフのアニヴァーサリー企画。創刊当時から今に至るまで「個」を貫き通している表現者と、同じく、ずっとバァフを作ってきた僕が、07年の視点で当時を検証しつつ、今はどうか?というテーマのミーティングを前号からスタート。今月は、オーガナイズするクラブ〈THE ROOM〉が15周年を迎え、各社から記念コンピをリリースする沖野修也を迎える。昨年、ソロ・アルバム『UNITED LEGENDS』を発表。DJという枠を超え、作曲家宣言をした。毎年開催している『Tokyo Crossover / Jazz Festival 2007』。今年は、そこで自分名義のライヴ・バンドを展開するという。あくなき、挑戦を続ける姿が素晴らしい。

対話_山崎二郎 撮影_斎藤隆悟



山崎 移り変わりの激しいクラブ業界で、何故、15周年も続いたと思います?

沖野 自分達が音楽を発信していくっていう、凄いこだわりがあったことじゃないですか? できた当時は、MONDO GROSSO、ラヴ・タンバリンズであり、その後Monday満ちる、UA、Chara、ACOがいて。メジャーだけじゃなくて、KYOTO JAZZ MASSIVE、SLEEP WALKERとか、最近だったらDJ KAWASAKIとか。〈THE ROOM〉が、いつも新しい音楽を作り続けてきたことですよね。それが今回、コンピレーションCDという形になりましたけど。去年、沖野修也としてアルバムをリリースしましたけど、それも〈THE ROOM〉発信の音楽じゃないですか? DJって、元々人の曲をかけるというカルチャーですけど、自分達で曲を作って、自分達のクラブから発信していくってことを、一貫してこだわってきたことが、15年続いた原因かな?と。だから「ヒット曲ないよな」とか「アシッド・ジャズがなくなって、次何かな?」ってことはなかったんですよ。常に〈THE ROOM〉のオリジナル・ヒットを産み出していこうと。時には、その時の音楽シーンと乖離してたかもしれないし、ドンピシャな時期もあったかもしれませんけど。トレンドは意識しつつも、「自分達らしさって何だろう?」ってことを今も探してますし。だから、店の売上的なピークって、随分前だったんですけど、クリエイティヴな意味ではまだまだ発展途上にあると思います。

山崎 〈THE ROOM〉ができた当時面白かったのは、歌モノとクラブものが、すごく近かったということで。

沖野 〈HMV〉なんか行くと、混ぜて置かれてました。

山崎 そうしたミックスを、実際に場として発信したのが〈THE ROOM〉だったんですよね。

沖野 それは瀧見憲司さんの存在が大きかったんですよ。僕はMONDO GROSSOやKYOTO JAZZ MASSIVEに、レア・グルーヴや踊るジャズに対するこだわりってのありましたけど、瀧見さんはフリッパーズ・ギターとかカヒミ・カリィとかラヴ・タンバリンズとかと繋がってたんで。〈SLITS〉(下北沢にあったクラブ)の流れも汲んでるわけですよ。僕らはロンドンで起こってるジャズで踊るカルチャーに影響されたし、大沢伸一くんは京都のニューウェーヴの系譜にいましたから。そういうものが〈THE ROOM〉で一緒になってっていう。

山崎 歌ものとクラブものも近かったし、日本とイギリスも近かった。

沖野 近かった。いや奇跡的でしたね。

山崎 しかも、イギリスと、同時進行だった。

沖野 そうです。だから、その後、僕とか大沢くんが、UA、Chara、ACO、birdとやったのも、〈THE ROOM〉がなかったら、僕らは「日本語なんて」って思ったままだったかも。〈THE ROOM〉では、英語も日本語も一緒にかかってましたからね。

山崎 現場が起こって混合実験。

沖野 その後、ファンキーでクラブ・オリエンテッドなJ-POPも、クラブ・シーンも大きくなっていって、いろんな人が偉くなってしまって、出会ったり混ざったりってことが難しくなってるんで、やっぱり、あの時期特有の現象だったかもしれません。Charaが普通に客でいましたからね。UAが「デビューする」ってサンプル持ってきたりとか、藤原ヒロシさんやムラジュン(村上 淳)がDJでいたり。かなり特殊でしたね。

山崎 なんだったんでしょうね?

沖野 大袈裟な言い方をすると、日本の音楽業界のターニング・ポイントだったかな?と。その後、また、どうしようもないポップスに戻っていきましたけど(苦笑)。オリジナル・ラヴ、フリッパーズ・ギター、ピチカート・ファイヴだけじゃなく、U.F.O.、MONDO GROSSO、Monday満ちると、日本語、英語の違いはありつつも、本当に若者が求めるリアルな音楽というのが、90年代初頭にはブレイクしたし、レコード会社の人も、そういうものに愛情があったと思います。単なる投資対象じゃなくて。ディレクター・レヴェルの人がそういう音楽を本当に好きだった。その人達は今、どこに行っちゃったか?というと、偉くなっちゃったから責任もあるじゃないですか? もしくは、音楽業界を離脱したり。だから、本当に奇跡的というか。アーティストも、まだまだ発展途上で、そんなに売れてなかったし。

山崎 リスナーの音楽偏差値も高まっていって。

沖野 僕らも若かったというのがあるかな? 20代半ばでクリエイターも現場にいたでしょ? 僕らも遊びたかったし。それまでの音楽業界って、作り手と聞き手が、同じ空間にいることってなかったと思うから。〈THE ROOM〉では、アーティストとお客さんが一緒に飲んでましたからね(笑)。それは面白いっすよ。オーディエンスのダイレクトな反応を、アーティストも嗅ぎ取ってたし。それこそ、その日できた曲を、その夜、プレイされるわけですから。

山崎 15周年ということで、予定は?

沖野 15周年盤コンピのリリース・パーティーをやります。15周年の一環で、『TOKYO CROSSOVER/JAZZ FESTIVAL』では沖野修也名義のライヴ・バンドをやるんです。

山崎 また、リスキーなことを。

沖野 ええ。「俺がやんなきゃ誰がやるの?」っていう。15年前のクオリティで、みんなやれてるか?っていうと、そんなことないんですよ。もう、40歳でリタイヤして、好きなことをしようと考えたこともありましたけど、いざ40歳になったら、「俺、全然ダメじゃん」みたいな。その為にも、沖野修也バンドを試してみたいなと。個人になると、責任が転嫁できないんで。去年、作曲家宣言をして、今年、自分の名前を冠したバンドをオーガナイズすることで、今までに感じたことのないプレッシャー、リスクってあります。でも、そこを乗り越えていかないと、僕が目指す境地には到達しないかな?と思っているんです。

(9月13日/恵比寿にて)



『The Room Weekender 15th Anniversary Special Edition compiled & mixed by Shuya Okino(Kyoto Jazz Massive)』』
(ポニーキャニオン)

『The Room Weekender 15th Anniversary Special Edition compiled & mixed by Tsuyoshi Sato(BLACK EDITION)』
(ヴィレッジ・アゲイン)

『The Room Weekender 15th Anniversary Special Edition compiled & mixed by DJ Kawasaki』
(コロムビアミュージック
エンタテインメント)

『The Room Weekender 15th Anniversary Special Edition compiled by Yosuke Tominaga & Oibon(CHAMP)』
(ユニバーサルミュージック
クラシックス&ジャズ)

共に、V.A.
発売中
www.theroom.jp














■リリース
『UNITED LEGENDS replayed
by SLEEP WALKER』
沖野修也
〈ジェネオン エンタテインメント〉
発売中
www.extra-freedom.co.jp

■ライブ
『Tokyo Crossover / Jazz Festival 2007』
11月22日(木)@〈ageHa〉
www.tokyocrossoverjazzfestival.jp


『BARFOUT!』11月号
発売中