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90年代の音楽シーンを作り上げてきた名盤復刻シリーズ「standard of 90's」を語る。再び登場するのは、オリジナル・ラヴの田島貴男である。91年のデビューから現在に至るまで、1作ごとに驚くべき革新を遂げてきたその創作の原点とも言える初期の作品の再リリースに、彼は何を思うのか? クールな理性と生々しい野性とがギリギリのところでせめぎあう、スリルと快楽にあふれたその音楽はどうやって生まれてきたのか? 今回はその「前編」として、再リリースされる6枚の作品の「自己解説」を試みてもらった。
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トータルなサウンドの完成度として、
一本筋が通ったなと思います。
——前回ここに登場してもらった山崎二郎さんによると、今回の再リリースは「マスタリングですごく良くなって、すごく低音がバシッと出て、(田島さんも)やってよかったね」、という話になったそうですね。 |
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自分が知らない間に、周りが盛り上がっちゃってるなぁ
という気がしてましたね。
——では1作ごとにコメントをいただきたいんですけども、まずは『LOVE!LOVE!&LOVE!』から。 |
(91年リリース) |
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——次がセカンド『結晶〜SOUL LIBERATION』です。この作品で気に入っている部分は? |
(92年リリース) |
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——セカンドの次に出たのは『SESSIONS』ですけど、これは? |
(92年リリース) |
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——ではサードアルバム『EYES』について。 |
(93年リリース) |
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——その次が『サニー・サイド・オブ・オリジナル・ラヴ』です。 |
(93年リリース) |
今でも胸を張って聴いてほしいなと思える
アルバム『風の歌を聴け』
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−−そして、次がいよいよ『風の歌を聴け』になります。 |
(94年リリース) |
ORIGINAL LOVE オフィシャルサイトhttp://www.originallove.com/ |
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| 今の視点で新しい世代に届けたい90年代の名盤を復刻するシリーズ「standard of 90's」。 『BARFOUT! Vol.148』からスチャダラパー・SHINCOとの対談を転載させていただきました! |

1993-2007 Individualists Now Vol.4 彼らのデビューは早かった。90年。まだ、ヒップホップが認知される前。しかも、いきなりのオーヴァーグラウンドでの展開は、孤軍奮闘感があった。が、同年代が集まって、下北沢〈SLITS〉で、イヴェント『LB祭り』を開催。その小さなサークルから、94年、小沢健二と組み、名曲「今夜はブギーバック」が生まれた。あれから10年。近年は、アルファとのユニット、アルファ&スチャダラパーや、電気グルーヴとのユニット、電気グルーヴ×スチャダラパーなどの活動を経て、今年2月に、スライ・マングースとロボ宙と、新バンド、THE HELLO WORKSを結成。12月5日に、1st.フル・アルバム『PAYDAY』を発表する。今回は、トラック・メイカーのSHINCOと、語ってみた。
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山崎 スチャって、今のシーンを見ても、いない存在なんですよね。 SHINCO ちょうど、デ・ラ・ソウル、ア・トライブ・コールド・クエスト、ジャングル・ブラザースとかが出た時に、大体同い年ぐらいだったんですよね。デビューする前に、デ・ラ・ソウルが来日して、前座で回ったんですけど、同い年だから感じが似てるというか。「変わんねぇな俺達と」って思ったのは覚えてる。 山崎 どの時代のヒップホップと最初に出会うか?って大きいじゃないすか? SHINCO そうなんですよね。だから、デ・ラ・ソウルとかの辺を聴いて、「これはやっぱ、自分でやらなきゃ」って思えたから。そうは言っても、彼らは、あの頃にしては、ちゃんと古き良さを知ってやってる感じが、ありましたからね。白人にも聴きやすかったけど、実は、ちゃんとマナーに則ってたというか。デ・ラ・ソウルと一緒に回って驚いたのが、意外にオーソドックスで、基本に忠実で、ターンテーブル・ライヴで。そこも結構衝撃で、影響受けましたね。 山崎 〈SLITS〉での『LB祭り』。最後の方はファンの人達もすごい状況だったけど、あのメンツの揃え方、狭い界隈ながらも、なかなか揃ってた。 SHINCO 揃ってたんですかね(苦笑)。まぁ、川辺(ヒロシ)くんが、デカイっつうか。元々、友達同士が、共通の友人を介してくっついたみたいな感じではありましたけどね。 山崎 今の世代の人達は、ヒップホップというフォームからどこまで飛べるか?ってやる段階だと思うけど、何気にあの頃、無意識にやってたんですよね。 SHINCO もう、かつてのああいったヒップホップは、成り立ちずらくなってますからね。ああいったステージはまだやれるかもしれないけど、得体の知れないレコードから拾ってきて、「どこからサンプリングしてるか、分かるわけねえだろ」って思いながらやるっていう感覚は。 山崎 ヒップホップというフォーマットが定着した後に起きることを、定着する前に起こしてたっていう。 SHINCO それはあると思う。細分化してなかったですからね、当時は。やりたいことはたくさんあるのに、チャンネルがないから、全部ほうり込んじゃってた、みたいなところがありましたからね(笑)。 山崎 過剰にぶっこんじゃってた。 SHINCO 若さか分からないけど、まだアウトプットが限られてたから。「音楽やりたい、文章書きたい、コント書きたい」を、全部イヴェントに、ぶっこんでましたからね(笑)。ついでに「ヴィデオも作りたい」みたいな。 山崎 かなり前衛的だったと思う。今から見たら。 SHINCO アウトプットがなかったですから。今は何でもできるでしょうから。 山崎 で だから、今だったら、3曲ぐらい作れちゃうネタを1曲に入れちゃってたり? SHINCO そうなんですよね。今、多少は分別がついてる中で振り返ると、そういうことなのか?と思いますね。 山崎 前作と決定的に違ってないと、いけないんじゃないか?っていう空気もありましたよね。 SHINCO そういう感じありましたよね。何故だったんだろう?と。「開けてきた」っていうのもあったんですかね、シーン自体が。身近だと、ソウル・セットがロック・バンドみたいな見られ方をし始めた頃じゃないですか? 山崎 『 5th wheel 2 the coach 』の頃は、どんな意識で作ってたんでしょう? 時間かかってたけど。 SHINCO なんか、さんざん引っ張られてた気がする。トラックを作るのが面白くて。あー「今夜はブギーバック」が売れたっつうのがなぁ。「あれれー、どうしよう!」みたいな(笑)。「邪気なく作った曲が売れちゃった」みたいな。移籍もしたし、「売れんだろう?オマエ達」みたいなのが、ありましたからね。規模がデカくなって(笑)。 山崎 95 年ですか? いくつでした? SHINCO 25 ぐらいですね。個人的なことを言うと、実家を出たのがデカかったですね(笑)。遊びにターボがかかって。 山崎 それで「部屋で朝まで系」が増えたと? SHINCO そうですね。小沢くんとかとも、よく遊んでたから。小沢くんも、ものすごいことになってましたからね。 山崎 「もっとマイ・ペースでやりたい」とか? SHINCO とかいっても、ひんしゅく買いながらも、期日は守りませんでしたからね(笑)。せっつかれてる感じはしてたなぁ。テンパってるっちゃ、テンパってた。 山崎 基本的にゆるーい人たちが、テンパってて。 SHINCO 「のんびりしてられないんだ」って。 山崎 みんな、ガツガツしたタイプじゃなかったじゃないですか? 「上がっていくんだ!」的な。 SHINCO うん。そこがね、今1つ、こう(笑)。まぁ、現在に至るって感じで(苦笑)。 山崎 同年代の刺激は感じてました? 「こう来たか!」みたいな。 SHINCO そこも結構デカかったんですよね。身内の反応を一番気にしてた。厳しいっていうか、そこをクリアできないとって。信頼できるから。ソウル・セットも『 Jr. 』とかの辺って、鬼気迫るテンションがありましたもんね。あの頃のスタジオでの制作スタイルはすごかった。2、3週間、家にあるレコードを全部持ってきて、ずっと聴いてて、ダラダラやってて。遊びに来た友達の声とか入れたりとか。信濃町の〈ソニー・スタジオ〉で延々と(笑)。合宿みたいな感じで。 山崎 「渋谷系」で、いきなりドカンと。今思うと、どういう時代だったんですかね? SHINCO そこからミュージシャンの質が、変わったんじゃないか?と思いますね。「なんとなく分かる」っていう人が増えてきたっていうか。それを見てた人達が、今やってるからよりスマートになってるような気がする。 山崎 リスナーの音楽偏差値が高かった。 SHINCO 広がった感じがしましたよね。あと、各々、マニアがいるっていうか(笑)。 山崎 アウトプットが少なかったから、インプット過剰、みたいな。 SHINCO そうですね。今は、インプットは、そんなに迷わずに、すぐアクセスできるようになってるし。 山崎 逆に今は、アウトプット過剰というか。 SHINCO それはありますね。勘違いみたいなのが、結構良い風に転がってるみたいなのもあるけど。 山崎 当時と今、ヒップホップはどう変わりました? SHINCO 人種って意味じゃなくて、趣味のジャンルとして、マイノリティの音楽ではない気がしますね。特にアメリカを見ると、一番売れてる 10 曲のうち、何曲がヒップホップ、みたいなのもあるし。よりパワー・ゲームになってますしね。売れる名前も決まってきてるし。「ラップで全米 1 位」みたいなのが、今や普通になったから。そこが変わりましたね。 山崎 日本では? SHINCO 馴染む人はいいけど、なかなか日本人には難しいところがありますけどね。全体の構造も違うし。 山崎 メインストリームでは、結局、フォーク的なものにとりこまれた感もあって。 SHINCO メンタリティが、意外とそっちに行くんだっていうのはありますよね。保守的っていうか。 山崎 切ないことを、メロディを付けずに言うのがラップだ、みたいになっちゃってる。 SHINCO なるたけ最大公約数でね。でも、「春」、「別れ」、「桜」で、切なくならない日本人はいないというのが、メンタリティの面白いところというか。 山崎 生活自体は変わりました? SHINCO とりあえず ANI が結婚したから(笑)。昔は兄弟一緒に住んでたからなー(笑)。 山崎 音楽と関係ない趣味とかあります? SHINCO 写真を趣味って言っていいのか、分かんないし……。そんな、ないすかねぇ。 山崎 学校の同級生と話すと、大人だなと思うし。 SHINCO そうなんですよね。さすがに子供ができたら、自分にフィード・バックばっかできないだろうな。俺1人ぐらいなら、のたれ死んでもいいかな?みたいなのがあって。 山崎 当時、何気に聴いてたフレーズが、今は重いですよ。〈パーティーを続けろ〉って。 SHINCO 当時の自分達のフレーズにギョっとすることって多くて。昔、山田太一さんと対談した時に、あの人も若い時に老人の話ばかり書いてたんですよね。若い時の方が、より辛辣に言えたりして、びっくりしますよ。 山崎 今、スライ・マングースと、 THE HELLO WORKS を始めて、どうですか? SHINCO 自分達がやらないようなテンポやリズムや構成が多いので、ライヴが楽しいですね。「これがバンドの一体感か」みたいなのがあるし。しかし、スライ・マングースに惚れ惚れしますね。 山崎 もうすぐ、ヒップホップで 20 周年。すごい! SHINCO 来年ですね。まぁ、パブリック・エネミーとか、まだやってますけどね。僕たちもレコード会社が潰れたり、いろいろありましたけど。また、歩調を合わすように、ソウル・セットも出すしね(笑)。 (10月15日/桜新町にて) |
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『5th wheel 2 the coach』 11月28日発売 〈EMIミュージック・ジャパン〉
『偶然のアルバム』 11月28日発売 〈EMIミュージック・ジャパン〉
『東芝クラシックス 95-97』 11月28日発売 〈EMIミュージック・ジャパン〉 |
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■information THE HELLO WORKSの1stアルバム『PAYDAY』が〈tearbridge records〉より12月5日発売。12月2日(日)には、『THE HELLO WORKS presents 「PAYDAY」』を〈リキッドルーム〉にて開催。オープニング・アクトは、サイプレス上野とロベルト吉野。また、ラジオ・レギュラー番組『SCHA NOVA』が〈TOKYO FM〉にて、毎週土曜日 24:30〜25:00オンエアー中。他詳細は、www.schadaraparr.net/まで。 ![]()
『BARFOUT!』12月号 発売中 |
| 今の視点で新しい世代に届けたい90年代の名盤を復刻するシリーズ「standard of 90's」。 『BARFOUT! Vol.148』からTOKYO No.1 SOUL SET・BIKKEとの対談を転載させていただきました! |

1993-2007 Individualists Now Vol.3 来年5月で15周年を迎えるバァフのアニヴァーサリー企画。創刊当時から今に至るまで「個」を貫き通している表現者と、同じく、ずっとバァフを作ってきた僕が、07年の視点で当時を検証しつつ、今はどうか?というテーマのミーティング。今月はまず、新しいレーベルで活動再開。
12月の『Innocent Love/Please tell me』から、2ヶ月連続で配信シングルをリリースし、来春にはニュー・アルバムを発表予定のソウル・セットからBIKKEが登場。95~98年まで、バァフにて「夜明けまで」を連載。それをまとめた単行本『あきれるほどのゆくえ』を99年に刊行したが、毎月、酒を酌み交わしてた(酔っ払ってた)記憶がある。そのBIKKEが今、酒をやめたと! ならば、当時と今の意識の変化を訊いてみたい。
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山崎 最初は英語でやって、で、日本語でやろうと。リズムに乗せようというのは、全くなかったの? BIKKE 俺なりに乗ってると、常に思ってるんですけど。そこがおかしいっていうか。いっぱい韻とか踏まないし、メリハリがないから、分かんないんですよ。 山崎 当時、ヒップホップは聴いてた? BIKKE サラッと流行ってるのを耳にしたっていうか。パブリック・エナミーとか、ジャングル・ブラザースとか、ア・トライブ・コールド・クエストとか、デ・ラ・ソウルとかは聴いてましたね。でも、その辺だけです。 山崎 当時、スチャダラパーや小沢健二といった同年代が出てきて、それぞれ人気が上がっていって。今、振り返ると、どんな時代だった? BIKKE 時代のバブルっていうのは、終わりかけだったかもしれないけど、俺はもう、バブルって印象だけですね。もちろん、一生懸命はやってたけど、それ以上にバブルっていう想い出の方が大きいですね。当時は分かったような気がしてたけど、本当に何も分かってなかったと思いますね。ただ一生懸命、作品を作ってはいたけれど。 山崎 それまで年上ばっかりだったのが、気が付けば、同年代のメンツになって。その時に、自分達の時代が来た感というのは? BIKKE んー、でも、ちょっと、どこか、気持ちの中で奢ってましたね。「俺が一番だ!」と思ってました。全然トップだと思ってました。実際はトップじゃなかったけど、「誰にも負けてない」と思ってました。 山崎 同年代の活躍に刺激を受けたり? BIKKE 刺激にはなりましたよね、世代が一緒ということは。上とか下ならいくらでも言い訳がつけられるんですけどね。特に先輩であれば、「いやいや」と言えるし。若いヤツなら、何かと文句も言ってたと思うけど、同じ世代だから、「いいな」と思えることをやられちゃうと、「頑張らないとな」とは思いますよね。 山崎 メジャーからリリースして、『 Triple Barrel 』から『 Jr. 』と、作るたびにレヴェルが一気に上がった感じがしてて、すごいなーと思ってた。 BIKKE 『 Jr. 』の時はレコーディングが大変でしたね。慣れない感じのことをやってみたり、「えっ、こんな遅い BPM で?」とか。そうでなくても、ソウル・セットはそんなに速くないのに。そうなってくると、お手本にする人がいないんですよ。ラップの譜割りなんかも、どういう風にしたらいいか分かんないし。 山崎 あの時、バァフで「夜明けまで」って、詩の連載をやってたじゃない? そういえば、いつも「なかなかできない」って言ってた記憶が。 BIKKE 今だと分かるんですよ、すごく。結局、歌詞を書く上で、「気持ち」とか「想い」とかをひたすら書けばよかったかもしれないのに、「考え」を書こうとしてたんですよ。今振り返ると。当時はそれに気が付かなかったけど。だから、言葉が出て来ないんですよね。しかも、どこかで何かについて、パッと素直に思うようなことがあっても、「いや、今まで、こういう表現はもうされてるから、違う表現の仕方を」って、ないものをないものをって考え方だったから。そうすると、段々となくなって来るんですよ。無理なことをしてたんですよね。多分、そういう時期だったと思うんですよ。何かが「美味しい」って思っても、「それ以外の美味しいものがあるんじゃん?」って。「いや、もうこれ以上ないです」っていう(笑)。そこで、「美味しい」って言ってたら、楽だったのに。 山崎 でも、当時、周りのアーティストって、みんな、そういう風に、「前と同じのは嫌だ」って気持ちで、作っていたじゃない? BIKKE うんうん、そうでしたね。 山崎 前作とそんなに変わってないと、出しちゃいけないんじゃないか?的な空気まであったような。 BIKKE 「何、普通なことやってんの?」みたいな。なんだったんですかね?あれ。それぞれが、自分の存在価値みたいなものを、作品に見出してたのかもしれないし。「みんなと同じ服装は嫌だ」ということで、自分の存在価値を見出す人がいますけど、それの音楽版、ということもあったと思うんですよね。 山崎 歌詞でも、そういう「違い」について言うことが多くなかった? あんまり変わらないことに対してズバッと言うみたいな。例えば、〈大胆なヴァリエーションに過ぎない〉とか。 BIKKE 言ってましたねぇ。あと、もう1個は、そういう考えがあった裏には、本当に自分が素直に感じてるものっていうのがあるんだけど、自分がカッコ悪いとか、恥ずかしいとか、もちろん照れもあって、素直に出せなくて。自分のことがあまり好きじゃなかったのかもしれない。だから、それを、ひたすら隠す方向でやっていたっていうのはありましたねぇ。 山崎 「こうあらねば」というところに、無理矢理持っていくみたいな? BIKKE そうなんですよね。「漠然とした理想」みたいな。それが、見えないから、キツイんですよ。 山崎 BPM が遅くなって、もはや、ヒップホップとか、ダンス・ミュージックのビートじゃないトラックになった時、どうやって順応できたのか?って。当時は当たり前に聴いてたけど、今、思うと、すごいなと。 BIKKE その前から、俗に言うヒップホップみたいなトラックはなかったですから。 山崎 でも、どんどん広がってって、「こんなのも入れちゃうんだ」ってなってって。 BIKKE 当時はなんとも思ってなくて、「そういうもんだ」と思ってました。こちらも許容範囲が広くなってるから、良い意味で、乗れるものは乗れるっていう。でも、『 Jr. 』は特別でしたね。別格のライン。だから、『 Triple Barrel 』、『 99 9/9 」みたいな流れで、『 Jr. 』が来たら良かったかもしれないけど、いきなり『 Jr. 』が来ちゃった感じだったから。 山崎 『 Triple Barrel 』から、いきなり『 Jr. 』に上がっちゃったから、その後も、同じようなアップ度になるのが当たり前だと思ってしまっていたなぁ。 BIKKE 無理ですよ。「次、どんな音楽にチャレンジすんの?」っていう。より、聴いたことがない音楽になっていくしかないじゃないですか? 本当に枠を越えちゃったってことになっちゃうじゃないですか?と。 山崎 今、あらためて、どんなムードでソウル・セットをやろうと? BIKKE もう、どんなムードもないですけどねぇ(苦笑)。相変わらず、他の2人はどう思ってるか分かんないけど。でも、結局、続けてるってことは、何かみんなの中で意味があるんだろうとは思ってるから。どうせやるんであれば、俺はもう、言い方は変ですけど、良いものを作って、売れたいと思ってます。それが目的です。通用するか?とか、理解してもらえるか?とか、受け入れられるか?とかはさておきなんですけど。もう、僕の中には、ターゲットにしてるリスナーとかは選ばないですけどね。昔はあったと思うんですよ、多少。特にサブカルみたいなとこで。今はもう、普通にお茶の間に届くような歌詞が書けたらいいなと思いますね。 山崎 どう、書き方は変わったの? BIKKE 今は素直に書こうとしてるんです。パッと思ったことを書くし。あと、歳もとってきて、なんとくやっと、もうみんな、とっくにしてることだけど、普通に生活するってことを意識し出して(笑)。そうすると、日常に根付くから、言葉が自然と出て来て。本当はみんな、当たり前にやってるようなことが、 40 歳前にして、初めて気付いたことが多いから。それは、僕にとっては特別で。だから、それを素直に書いてるんですよ。普通の生活が、俺にとっては幸せで素敵でっていう(笑)。ただただ。今までは、ちょっとおかしい人生だったから。 山崎 極端に言っちゃうと、今までは日常というのがなかったのでは? BIKKE そうなんですよ。なんか、ちょっと前に、すごく、フワッと思った時があったんですよね。「もう、次、やる時は、すごくなんか、突き抜けたい」って。だから、「もう、近場のことだけを見てたらダメなんだ」というのが、漠然とですけどありました。でっかいものを、大きい感覚でもって捉えていかないと、自分が今行きたいなと思ってる所には行けないなと。まだまだ書き切れてはないと思うけど、順を追って作品には書いていってるって感じで。 山崎 いまだに、今いるこの場所から、違う場所へ、という感覚はあると? BIKKE うん。あります、あります。でも、行けると思ってます。もう、見えてますね。あの頃の漠然さと今の漠然というのは、ちょっと違う感じがしてて。今はもうイメージが確実に見えてますね。だから、あとは、一個一個大切にやっていけば行けるんだと。 山崎 アルバムを今、制作中? BIKKE 3月かな。その前に配信で3曲出して。歌詞は全部できてる。まだまだ、できるって感じで。 (10月11日/桜新町にて) |
『standard of 90's』
11月28日発売 〈BMG JAPAN〉
11月28日発売 〈BMG JAPAN〉
11月28日発売 〈BMG JAPAN〉
■infomation ![]() 発売中 |
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今の視点で新しい世代に届けたい90年代の名盤を復刻するシリーズ「standard of 90's」。 Original Love・田島貴男さんのインタビューに続いて、『BARFOUT! Vol.147』から沖野修也さんとの対談を転載させていただきました! |
November 2007Vol.147 より 1993-2007 Individualists Now Vol.2 沖野修也(KYOTO JAZZ MASSIVE) |
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来年5月で15周年を迎えるバァフのアニヴァーサリー企画。創刊当時から今に至るまで「個」を貫き通している表現者と、同じく、ずっとバァフを作ってきた僕が、07年の視点で当時を検証しつつ、今はどうか?というテーマのミーティングを前号からスタート。今月は、オーガナイズするクラブ〈THE ROOM〉が15周年を迎え、各社から記念コンピをリリースする沖野修也を迎える。昨年、ソロ・アルバム『UNITED LEGENDS』を発表。DJという枠を超え、作曲家宣言をした。毎年開催している『Tokyo Crossover / Jazz Festival 2007』。今年は、そこで自分名義のライヴ・バンドを展開するという。あくなき、挑戦を続ける姿が素晴らしい。
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山崎 移り変わりの激しいクラブ業界で、何故、15周年も続いたと思います? |
(ポニーキャニオン)
『The Room Weekender 15th Anniversary Special Edition compiled & mixed by Tsuyoshi Sato(BLACK EDITION)』(ヴィレッジ・アゲイン)
(コロムビアミュージック エンタテインメント)
(ユニバーサルミュージック クラシックス&ジャズ) 発売中 www.theroom.jp ■リリース
by SLEEP WALKER』 沖野修也 〈ジェネオン エンタテインメント〉 発売中 www.extra-freedom.co.jp ■ライブ 『Tokyo Crossover / Jazz Festival 2007』 11月22日(木)@〈ageHa〉 www.tokyocrossoverjazzfestival.jp ![]() 発売中 |










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November 2007
『The Room Weekender 15th Anniversary Special Edition compiled & mixed by Tsuyoshi Sato(BLACK EDITION)』






















