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今の視点で新しい世代に届けたい90年代の名盤を復刻するシリーズ「standard of 90's」。
BARFOUT!』編集長・山崎二郎さんのインタビューに続いて、『BARFOUT! Vol.146』からOriginal Love・田島貴男さんとの対談を転載させていただきました!


October 2007
Vol.146 より

1993-2007 Individualists Now Vol.1
田島貴男(Original Love)


 来年5月で15周年を迎えるバァフのアニヴァーサリー企画。創刊当時から今に至るまで「個」を貫き通している表現者と、同じく、ずっとバァフを作ってきた僕が、07年の視点で当時を検証しつつ、今はどうか?というテーマのミーティングを行ないます。今の視点で、新しい世代に届けたい90年代の名盤を復刻シリーズ『standard of 90's』(監修は〈HMV〉渋谷店という「場」から発信した太田 浩と、僕)。と連動する形で、毎号展開。第1回目は、91年にデビューしたオリジナル・ラヴの田島貴男。下記に紹介する6枚のアルバムが、10月24日に、紙ジャケット、インナー・スリーヴ完全復刻、デジタル・リマスタリング、シリーズ共通&各アルバム解説付きで再発されます。
対話_山崎二郎 撮影_斎藤隆悟

山崎 過去をあんまり振り返らないじゃない?

田島 僕ももういい年だし、「振り返らない」って言い張るのも、なんかケツが蒼い感じがするね。こないだ、仕事で、メジャー・デビュー前のインディー時代のアルバムを聴いたけど、ビックリしたよ。曲の基本的な作り方が、全く変わってないなって。ここ20年何やってたんだかってさ。

山崎 1stの『LOVE! LOVE! & LOVE!』で、ソウルとかの黒っぽさが入ってきたじゃない?

田島 ソウルは僕が20歳過ぎの頃、特にやりたかったの。パンク、ニューウェーヴ体質だったから、逆に身体的な音楽に挑みたかくて。ジャズも大好きだったけど、自分ではやるつもりはなかったな。より音楽的なポップス、カッコイイ音楽をやりたかっただけなんだ。

山崎 翌年に2ndアルバム『結晶』がリリース。よりソウル色強くなって。後半の流れが好き。

田島 曲がいいんだよね。「フェアウェル フェアウェル」とか。メロディ・メイカーとして腕が上がってきた時期で。

山崎 この頃から周りが騒がしくなってきて。

田島 自分よりもフリッパーズがブレイクした方がびっくりしたよ(笑)。こんな音楽的なアルバムがヒットするんだ!俺も売れるかもしれないって(笑)。当時、まだ主流だった歌謡曲みたいな、商業的に偏り過ぎた音楽を目の敵みたいにしてて。俺らみたいな音楽ファンが、なんでチャートに入っていけないんだろう?って気分だったよ。

山崎 こんなカッコイイことやってんのに、なんで扱わないんだ。こっちの方が当たり前って思って、バァフを創刊して。そしたら、同じ気分の人がいて。

田島 俺ら以降じゃない? 売れてる曲はみんな、偉い先生が作った曲を、俳優やアイドルが歌うっていう時代が変化して、ライヴハウスや街角のミュージシャンが、自分で作った曲がチャート・インするようになってきたのは。それまでは、バンドだけど、売れてる曲は作詞、作曲家が作ってるとかさ。かといってロック・バンドの人は、ロック魂やスタイルばかりに固執してて、音楽的には工夫がない、つまらないものが多かったよ。でもいま現在は、歌謡曲も大好きなんだ(笑)。

山崎 邦楽なんて全く聴いてなかったけど、日本語詞で曲書いたら支持されたと。

田島 全く聴いてなかったし、嫌いだったね。その頃にヒットして流行ってた日本の曲が、洋楽に比べてカッコ悪くて、面白くなく思えたんだ。

山崎 DJとミュージシャンが同じ現場にいて。「ミリオン・シークレッツ・オブ・ジャズ」が、クラブでかかって。

田島 僕自身が、アナログ盤のヴァージョンをミックスして。ベースが打ち込みと生、2本入ってて。クラブで聴くと、ベースがゴーンとくるんだ。当時、日本のエンジニアは、クラブを想定してなくて、ベースやリズムの迫力が足らないっていつも思ってたよ。

山崎 シングル『接吻』のヒットでブレイク。

田島 タイアップが決まって、いつまでに作んなきゃいけないっていう。あの頃、無理して、性に合わないテレビ番組の司会やったりしてさ。忙しくて時間なくて、大変でヤバかったんだけど、バカ力出したら結構良いもんできちゃってさ(笑)。

山崎 『風の歌を聴け』は決定的だったよ。

田島 小松(秀行/B)と佐野っち(康夫/D)の強力なリズム隊を得て。僕はもう夢のようだと思ったね。踊れるわけ。自分が演奏してる曲で! イメージがどんどん拡がって、それで「The Rover」を書いて。初めて自分の思い描いてたサウンドが、録音物として実現してね。『風の歌~』よりも前の自分の作品は習作だと思ってるよ。未完成だったと思う。

山崎 今思うと、あの時代の自分ってどうだった?

田島 音楽のことばっか考えてたよ。今は「音楽」よりも、「人生」の方が面白いと思うようになったね。だから落語や映画も、音楽や文学と同じくらい面白くなっちゃった。今もそうなんだけど、当時はもっと観念的っていうか、バカだったんじゃないの? いい意味でも悪い意味でも音楽バカ。至らなかったね(笑)。

山崎 それって、若かったんだよ。

田島 色々遊びをした方が良かったのかもしれないね。クラブに行ったりとは違う意味の。野球チーム入ってみるとか、1年ぐらい音楽やめてみるとか。

山崎 訊いてるけど、自分もそうだったよなぁ。

田島 とにかく仕事のスケジュールが立て込んでて。ツアーのリハだ、次の曲はこんなだ、レコードたくさん買って全部聴いて、その中からいいリズムを見つけたり。時代の流れや、周りを見渡すってことよりも、目の前の仕事をこなすのに精一杯だったな。それこそ、新聞を読む気持ちの余裕もないくらいでさ。最近、やっと読み始めたんだけど(笑)。

山崎 「渋谷系」とか、意識してなかったし。忙しいし、次どうしようか?ってことばかり考えてたから。

田島 「渋谷系」の意識って、そう言われてた人たち、みんな一切なかったよね? みんな、それなりに音楽をやってただけでさ。でも当時は、音楽畑以外の会う人会う人に、常に言われて閉口したね。その違和感といったらなかった。

山崎 みんな「個」が強かったわけで。それを一緒にされるのは、生理的にイヤで。

田島 もう、気持ち悪かったね。

山崎 周りで作っている音で刺激を受けてた?

田島 フリッパーズは初めてそう思ったよ。同世代がいなかったというのもあるけど、自分の聴いてきたキュアーやジョイ・ディヴィジョンのようなパンク、ニューウェーヴ以降の感覚で、構造的にカッコイイ、ポップ音楽をやってる人は誰もいなかったから。上の世代は古い感じがして。それで「チクショー!」って思って。反抗期だったというかさ。
山崎 で、今。曲作りにおいて失ったものってある?

田島 自分が30代の時、40代になったら曲がもっと書けなくなるのかな?って不安だったんだけど、去年から今年にかけて、ラッシュみたいにすげぇ書けるんだよ。年をとると、若い時とは曲の書き方が違うんだって分かってから、書けるようになって。若い時って、突発的に曲の全体が浮かぶ感じだったんだけど、最近は映画、小説を書くように、1から曲を書いてアイデアを組み上げていく感じでさ。

山崎 昔と違って、インプットする幅は広がった?

田島 去年出した『東京飛行』までのここ最近は、結果的に自己表現の色が強い作品になっていたんだけど。次は僕がずっとやってきた音楽の技術を総動員して、アトラクティヴな新しいエンターテインメント作品を作りたいって思ってて。なんか、最近は曲作りが楽しくてさ。止まらないんだよね、夜中も。

山崎 フレッシュな状態でいられるのは幸せじゃん。

田島 最近のテクノロジーの進歩がすご過ぎ、ヤバくてさ。自分のイメージ通りのサウンド、グルーヴ、音質が、ノート・ブックですぐにできちゃうんだ。今の若いヤツらには、すごいクリエイティヴなチャンスが、手近に転がっているんじゃないかって思えるよ。
(8月21日/神宮前にて)

『LOVE! LOVE! & LOVE!』
(91年リリース)

2枚組1stアルバム。ジャズ、ソウルらをシャッフル。ボーナストラックは「Body Fresher(Pre Debut CD Version)」、「夜はぶっとばせ」(Brand New Mix)」。


『結晶』
(92年リリース)

2ndアルバム。ボーナストラックは「月の裏で会いましょう(Single Version)」、「ミリオン・シークレッツ・オブ・ジャズ(Tajima Takao Mix)」。

『SESSIONS』
(92年リリース)

1st、2ndの曲をリミックス、弾き語り再演奏で構成。バンドのリミックス・アルバムとして画期的。ボーナストラックは「Love Vista(Smooth Dub)」。

『EYES』
(93年リリース)

メンバーが曲作りした3rdアルバム。リズム、ホーンの使い方と初期サウンドが完成。ボーナストラックは「ティアドロップス」、「Let’s Go!(Cosmo-Phase Mix)」。

『Sunny Side of Original Love』
(93年リリース)

「接吻」の大ヒットの直後にリリースしたベスト・アルバム。ほとんどの曲を新アレンジで再演奏。ボーナス・トラックは「接吻」(Single Version)。

『風の歌を聴け』
(94年リリース)


サイコーの4thアルバム。ボーナストラックは「The Rover(Takao Tajima Remix)」、「It’s A Wonderful World(Takao Tajima Remix)」。


全て、Original Love
発売中
〈EMIミュージック・
ジャパン〉
standard of '90s

『BARFOUT!』11月号
発売中

 今の視点で、新しい世代に届けたい90年代の名盤を復刻するシリーズ『standard of 90's』。
 11月28日にはメロディフェアのアーティスト、スチャダラパー、TOKYO No.1 SOULSETの名盤が、新パッケージ・紙ジャケット使用、復刻インナー・スリーヴ。デジタル・リマスタリング、ボーナス・トラック入りという豪華仕様で発売されます。
 このシリーズを監修するのは90年代にHMV渋谷店から時代の音楽を発信した太田浩さんと、様々なメディアからシーンを報じた『BARFOUT!』編集長・山崎二郎さん。
 90年代の音楽の魅力や復刻に至った経緯など、RRNレギュラー(「新・オレ流」連載中)でもある山崎二郎さんにお話を伺いました!




 90年代の音楽シーンを作り上げてきた名盤復刻シリーズ『standard of 90's』を語る、その第1回目に登場するのは、シリーズの監修を務めるBARFOUT!編集長・山崎二郎。メディアの側から、そしていちリスナーとして、当時のシーンを語る口ぶりは愛情に溢れ、「ノスタルジーというより、若い世代に聴いてほしい」という言葉に強い意志が滲む。あの時代と現在とをつなぐナビゲーターとして、まずはその“証言”に耳を傾けてほしい。


DJで当時の音をかけると、
若い子が「これ何ですか?」
と聞いてくるんです。

RRN 『standard of 90's』のプロジェクトがどんなふうにスタートしたのか、まずはそこから話を始めたいと思います。

山崎 ウチの雑誌が来年5月で15周年なんですけど、区切りがいいので、そういう検証ものをやってみたいと思っていたんです。アメリカとかイギリスだと、昔のものを検証するシリーズとか、よくあるじゃないですか。日本にはないなぁと思って、“そういうのは大事だよね”とうちの若い編集者から言われて、なるほどなと思ったのがきっかけです。それと、手前味噌ながら僕はDJを始めまして、あの頃の音源をかけていると、二十歳ぐらいの子が“これ何ですか?”って聞いてくる。当時僕らが、昔の70年代の音源を捜して聴いていたノリが、今はもはや90年代の音源になってきてるんだなと。それをまとめるのは大事だな、と思ったんです。で、やるのであれば、当時そういう音楽を発信していた渋谷HMVのバイヤー・太田さんと一緒にやろうということで始めた、という流れです。

RRN 山崎さんは監修という立場になるわけですけど、音の面も、デザインやブックレットなども含めて、相当仕事が多かったんじゃないですか。

山崎 そうですね、これだけ細かくやるんだと思いましたね(苦笑)。どこまで完璧にやるのか、そこで“こいつはわかってるな”というところが問われるというか。ほんとにちゃんと、細部まで見るということが大事なんだなと思いましたね。やってみると本当に大変でしたけど。

RRN マスタリングの現場まで立ち会って音をチェックしたとか。

山崎 ええ、行きました。90年代のこのへんの音って、CDで今聴くと、技術的に音質が良くないんですよ。それが今回のマスタリングですごく良くなった。まずオリジナル・ラヴをやったんですけど、田島さんも一緒にいて、彼にしてみれば不本意な作品ばかりなんですって。まったく納得がいっていないらしいんですね、『風の歌を聴け』(1994年)より前の作品は。聴きたくなかったらしいんだけど、それがマスタリングをしてみたら、すごく低音がバシッと出て、“いいじゃん”っていうことになった。やってよかったねという話になって、それは僕もうれしかったですね。

RRN ほかのアーティストの方は、どのくらい関わっているんですか。

山崎 Great3の作品は、片寄さんのマスタリング作業を覗いてきました。スチャダラパーとかは、これからですね。やはり音が変わる感動があったし、あとマスターテープをいろいろ見つけて、“こんなバージョンがあったんだ”という発見もあった。それはボーナストラックで入れてます。スタジオに行くと、何が入ってるのかわからないテープがいろいろ出てきたんですよ。そういうのを探すのも楽しかった。

RRN ライナーノーツも1枚ごとにライターの方が違っていて、と読み応えがありますね。

山崎 そこはきちんと検証しなければいけないだろうということで。当時のことをよく知っている人が、今の視点で、どういうことが画期的だったのかとか、今聴くとどういうところが新鮮なのかとか、そういう視点で書いたものが必要だなと思い、お願いしました。




15年ぐらいたって、時代がちょうど
一回りしたのかもしれない。


 

 
『TOKYO NO.1 SOUL SETのアナログとCDでジャケットのデザインが違う「TORIPLE BARREL」と「Jr.」。両方とも左がアナログ、右がCD。

RRN しかも紙ジャケ仕様という豪華盤で。

山崎 でもね、よく考えると、このへんの音は初めからCDなんですよね。紙ジャケと言いつつ。

RRN あ、そうか。そうですよね。

山崎 だから、最近紙ジャケ復刻って流行ってますけど、あれはアナログに忠実に再現してますけど、これはCDに忠実に(笑)。でも紙ジャケのほうがうれしいかなと思って、強引に紙ジャケにしました。ただ、TOKYO No.1 SOUL SETとかは当時アナログも出ていて、CDとはジャケットが違うんですよ。そういうこだわりとかも表現できたらいいなと思って。あと、この頃の音で言うと、ちょうど小西康陽さん選曲のコンピが8月に出て(『bossa nova 1991』)、10月か11月くらいには本も2冊出るんです。1冊は下北沢のSLITSについてーーソウルセットが初めてライヴをやったり、スチャがイベントをやっていた場所なんですけどーーそこに関わった人の証言集みたいな本『LIFE AT SLITS』がブルース・インターアクションズから出ます。もう1冊は、『渋谷系に唾をかけろ!』ってタイトルで、いわゆる当時の渋谷系についての証言集で、それもブルース・インターアクションズから2月に出るのかな。

RRN それは偶然なんですか? 90年代初頭の検証ものが同時期に集中したというのは。

山崎 そういう気運があるのかもしれませんね。15年ぐらいたって、ちょうど一回りしたのかもしれない。寝かし頃、みたいな。いい味になってきたんじゃないかと。『standard of 90's』に関しては、あくまでこだわりたかったのは、勝手に出すんじゃなくて、アーティストの公認で本人も“いいじゃん”って言ってもらえることが大事だと思っていたんです。そういう話から始まって、みんなに面白いじゃんって言ってもらえて、そういう中で出せるのが良かったと思います。田島さんがマスタリングに参加したりとか、スチャがボートラの選曲に関わってくれたりとか、あとソウルセットも。アーティストがちゃんと自ら関わってやるのが大事だなと思いました。

RRN そうですね。

山崎 それと、みんな今もやり続けている人なんですよ。ちょうどスチャもリリースがあるし、THE HELLO WORKSでの活動もあるし、新しいものがちゃんとあって古いものもあるという、このタイミングが大事だったんです。ソウルセットも出るんですよね。ただSPANK HAPPYに関しては、菊地さんはリリースについてはあまり納得していない的な…ブログで読みましたけど。でも今聴くと、改めてすごくいいんですよ。廃盤で、すごいプレミアがついてるらしい。だからぜひ出したいと思って。そしてシリーズ・ロゴを、当時いろんなジャケットをデザインしていた信藤三雄さんに作っていただいて、当時の雰囲気を出せればなという感じです。




アーティストもリスナーも、
音楽偏差値が高い時代だった。




RRN 『standard of 90's』というタイトルはどんなふうに決めたんですか。

山崎 まぁ、渋谷系というイメージが求められたとは思うんですけど、それだと限定してしまうなと思ったので。もうちょっと、90年代のスタンダードということにすれば、埋もれているものも拾えるかなと思ったので。

RRN やはり面白い時代でしたか? まさにその真っ只中にいた山崎さんにとって。

山崎 昨日ソウルセットのBIKKEさんと話してたんですけどーーソウルセットの『TRIPPLE BARREL』が95年で、その次の『Jr.』が96年。1年しかないんですけど、前とはまったく違うものを作りたいとメンバー全員が思っていたと言うんですね。もっとレベルの高いものを作らないと意味がないんじゃないかと思って、すごく難産だったと言っていた。それで思い出したのが、当時のアーティストはみんなそんな空気があったなということ。小山田圭吾さんにしても、前とは全然違うものを作りたい、まったくレベルが上がってないとしょうがない的な、そういう空気はみんな普通に持っていたなというのを思い出しました。“あれは何だったんだろうね?”って、BIKKEさんと話してたんですけど。

RRN すごく刺激しあってましたよね。仲間うちで。

山崎 狭い界隈でしたけどね。でも“世界はここで回ってるんだ”的な意識はありましたよね。先月からウチの雑誌でも、この『standard of 90's』シリーズで再発する人たちや、同時代で活動していた人たちを毎回ゲストにお招きするという企画を始めまして。1回目は田島さんで、2回目はDJの沖野修也さん。彼はTHE ROOMというクラブをオーガナイズしていて、当時はインディペンデントで何かを始めるという空気がすごくあったよね、という話をしてます。CRUE-Lレーベルの瀧見憲司さんとか、自分でレーベルを始める人も多かったし、クラブをやったり、それと並べていいのかはわからないけど、僕も雑誌をやろうと思って始めたりとか。自分たちで何かやろう、大人には頭を下げないぞ的な、そういう空気があったなと思います。

RRN 起業家ですね。

山崎 そう言っちゃうとカッコいいんだけど、もっとユルイ(笑)。もうけようというんじゃなくて、自分たちがしたいことをやろうということ。そういう空気が周りにありましたね。

RRN あと渋谷HMVを筆頭に、レコード店が果たす役割が大きかった時代だとも思いま す。

山崎 HMVは洋楽も邦楽も、新譜も再発も、あと雑誌やグッズまで売っちゃうみたいな、すごく画期的だったと思います。今はそれがヴィレッジ・ヴァンガードとか、ああいうものになっていて、そのさきがけだったと思います。あそこに行けば何かがある、という感じがあった。

RRN レコード店、アーティスト、リスナーがクロスオーヴァーする盛り上がりですね。

山崎 そうですね。今回のシリーズの中に僕と太田さんとの対談が−−ユルイんですけど(笑)−−共通して載るんですけど、そこで出てきたのが、当時はアーティストとリスナーの距離が近かったなという話なんです。たとえば田島さんもレコ屋でバイトしたりとか、もうオリジナル・ラヴがデビューしてクアトロが満員になってるのに。ライヴが終わっても普通にお客さんとしゃべったりとか。アーティスト自体がリスナー感覚を持っていたというか、リスナーも音楽偏差値が高かった。名盤とかを探し出して、昔のジャズ、ブラジルもの、ソウルとか、いい洋楽を選ぶ基準が高かった。それを音楽偏差値と呼んでたんですけど、それが高い時代だったと思います。かえって今の若い人のほうが、あんまり知らなかったりする。

RRN そうかもしれないですね。

山崎 いっぱい情報があるわりに、知らなかったりする。あの頃はみんな一生懸命にチェックして、異様な雰囲気がありましたね。そういう時代だったなと思います。




“非ロック”的なグルーヴが
新鮮だった。



RRN DJやクラブカルチャーからの影響もありましたよね。

山崎 それで言うと、沖野さんと話してる時に出た話ですけど、歌もののポップスと、クラブものとの距離も近かった。アーティスト自体も交流があったし、あの時代から、Jポップがクラブでかかるということが始まった時期なんです。それはROOMぐらいから始まって、だんだんなじんでいって、その次の時代でUAとかbirdとかによってメインストリームに行くみたいな、クラブ的なリズムがある音楽がチャートに入ってくるようになる。それともう一個あるのが、日本とイギリスとかの距離も近かったと思うんです。たとえばアシッド・ジャズというムーヴメントがあって、一昔前だったらイギリスとかで流行ってるという情報が入ってきて、それを真似るということがあったわけですけど、同時進行的に日本からも、モンド・グロッソやU.F.O.とかが出てきて、その人たちの音源がヨーロッパでヒットしたりとか、そういう距離は近かったですね。

RRN 面白い時代ですね。その直前に日本では、ホコ天やイカ天に代表されるバンドブームがあったわけで。バブルもあったし。何かが入れ替わる時期だったんでしょうか。

山崎 バンドブームとか、いわゆるロックじゃないですか。それに対して“非ロック”というか、そういうノリはありましたよね。むしろグルーヴとか、ブラック・ミュージックの感じとか、今思うとそういう感じはありました。

RRN たとえばオリジナル・ラヴの音楽に溶け込んでいる要素はとても膨大ですよね。ひとことで言えないとは思いますが、あの時代の音楽的な特徴を挙げるとすればどういうことになるでしょう?

山崎 今言ったみたいに“非ロック”というか、ジャズ、ブラジル、ヒップホップとか、いわゆる横揺れがカッコいい、新鮮だというものが出てきましたね。初めは渋谷の中でも狭い界隈だったんですけど、だんだんそれが当たり前になってきた。でもね、当時はよく“おまえら、シャレてんだろ”って言われましたよ。カッコつけやがって、とか(笑)。お高くとまってるな、仲間うちだけでやってんじゃねぇよ、みたいな。

RRN う〜ん。そうですか。

山崎 みんなけっこうアマノジャクというか、カウンター気質はありましたよね。当時、あまりにもロックとか、ビーイング系とか、そういうものが全盛の時代だったから。それに対するアンチという姿勢はありました。

RRN では最後に。ズバリ、この『standard of 90's』のターゲットはどんな層ですか?

山崎 若い子に聴いてほしいですね。まぁ、まずは当時聴いていた人が買っていくとは思うんですけど、僕的には若い子に聴いてほしい。ソウルセットなんて、DJでかけると必ず聞かれますね。“これ何ですか?”って。今でも、ああいう人たちはいないじゃないですか。ノスタルジーとして聴く人もいるだろうけど、若い子たちに発見してほしいなという気持ちがすごくあります。

山崎二郎
1990年、フリーペーパー
『Pres Cool! Resistance』を創刊。
92年、雑誌『BARFOUT!』を創刊。
「music and other entertainment of tokyo」をテーマに、編集長&発行人として現在に至る。

RRNきまぐれレギュラーにてコラム連載中 。山崎二郎「新・オレ流」はコチラから。

『BARFOUT!』
フリーペーパー『Pres Cool! Resistance』創刊から1990年代に出版された「barfout!」の一部 。



1990
Release
●スチャダラパー/スチャダラ大作戦
●フリッパーズ・ギター/CAMERA TALK
●ピチカート・ファイヴ/月面軟着陸

・HMV、渋谷(ONE-OH-NINE・のちに移転)に 第一号店オープン
・フリーペーパー『Pres Cool! Resistance』創刊

■「ちびまる子ちゃん」放送開始
■ローリングストーンズ初来日公演
■キース・ヘリング死去
■日本テレビ系「11PM」終了
■神戸の高校、校門圧死事件
■アルベルト・フジモリ氏、ペルー大統領に就任
■ドイツ再統一。ベルリンの壁崩壊から一年未満
■フジテレビ系夜のヒットスタジオ放送終了
■オリックス「ブレーブス」→「ブルーウェーブ」
■任天堂『スーパーファミコン』発売
■秋山豊寛氏(TBS記者)日本人初の宇宙飛行士に
■バブル崩壊始まる
■ティラミス、ブームに
■テレビ
「渡る世間は鬼ばかり」
■流行語
「ファジイ」(松下電気)
「オヤジギャル」(中尊寺ゆつこ)
「一番搾り」(麒麟)


1991
Release
●オリジナル・ラヴ/LOVE!LOVE!&LOVE!
●スチャダラパー/タワーリングナンセンス
●フリッパーズ・ギター/ヘッド博士の世界塔
●ピチカート・ファイヴ/女性上位時代
フリッパーズ・ギター解散

■東京23区の電話番号が10桁に。
■湾岸戦争、多国籍軍がイラク空爆開始
■東京都庁が丸の内から新宿副都心に移転。
■横綱千代の富士引退
■ジュリアナ東京オープン
■雲仙普賢岳で大火砕流発生。
■世界初のWorld Wide Webサイトが開設。
■SMAPがCDデビュー。 
■宮澤喜一内閣発足。
■宮沢りえ「Santa-Fe」
■セルジュ・ゲンスブール, スティーヴ・マリオット,本田宗一郎, フレディ・マーキュリー死去 
■テレビ
「東京ラブストーリー」
「101回目のプロポーズ」
「たけし・逸見の平成教育委員会」
「ダウンタウンのごっつええ感じ」
■音楽
小田和正「ラブストーリーは突然に」
CHAGE and ASUKA「SAY YES」
槇原敬之「どんなときも」
バブルガム・ブラザーズ「WON'T BE LONG」
■流行語
「僕は死にましぇ〜ん」(武田鉄矢)
「ダダーン ボヨヨン ボヨヨン」


1992
Release
●オリジナル・ラヴ/結晶 SOUL LIBERATION
●ピチカート・ファイヴ
 /スウィート・ピチカート・ファイヴ
●UNITED FUTURE ORGANIZATION/JAZZIN’

・『Bar-f-Out!』雑誌として創刊準備号を発刊。

■東海道新幹線で「のぞみ」の運転開始。
■長崎県で、ハウステンボス開業。
■人気ロック歌手尾崎豊が死去
■国家公務員の週休2日制スタート
■ バルセロナオリンピック開幕(〜8月9日)
■松井秀喜5打席連続敬遠事件
■甲子園、阪神−ヤクルト戦、試合時間6時間26分
■毛利衛氏スペースシャトル・エンデバーに搭乗
■巨人、長嶋茂雄新監督の就任を発表。
■ビル・クリントン、米大統領選挙に当選
■風船おじさんアメリカ大陸を目指し、消息不明に
■紅白歌合戦を最後にチェッカーズが解散する。
■音楽
米米CLUB「君がいるだけで」
とんねるず「ガラガラへビがやってくる」
平松愛理「部屋とYシャツと私」
稲垣潤一「クリスマスキャロルの頃には」
■流行語
「きんさん・ぎんさん」
「もつ鍋」
「冬彦さん」(TBS『ずっとあなたが好きだった』)
「ツインピークス」


1993
Release
●オリジナル・ラヴ/EYES
●スチャダラパー/WILD FANCY ALLIANCE
●小沢健二/DOGS
●ピチカート・ファイヴ/ボサ・ノヴァ2001
●UNITED FUTURE ORGANIZATION
 /UNITED FUTURE ORGANIZATION

・雑誌『Bar-f-Out!』季刊として創刊(Vol.1〜Vol.7)。

■曙が外国人力士で初めて横綱に
■Jリーグ開幕
■皇太子徳仁親王、小和田雅子と結婚
■北海道南西沖地震、奥尻島で死者176人
■サッカー日本代表、ドーハの悲劇
■ 欧州連合(EU)発足
■田中角栄氏死去
■ナタ・デ・ココやワインがブームに
■ポケベル全盛期
■スケーター、ボーダーファッションが流行
■ミサンガ、 ルーズソックスが大流行
■テレビ
「料理の鉄人」
「高校教師」
「ひとつ屋根の下」
■音楽
THE虎舞竜「ロード」
松任谷由実「真夏の夜の夢」
ZARD「負けないで」「揺れる想い」
■流行語
「Jリーグ」
「サポーター」
「聞いてないよォ」(ダチョウ倶楽部)


1994
Release
●オリジナル・ラヴ/風の歌を聴け
●SPANK HAPPY (第一期)/MY NAME IS
●スチャダラパー/スチャダラ外伝
●CORNELIUS/THE FIRST QUESTION AWARD
●小沢健二/LIFE
●ピチカート・ファイヴ/オーヴァードアーズ
●ラヴ・タンバリンズ/LOVE PARADE('04編集盤)
●UNITED FUTURE ORGANIZATION
 /NO SOUND IS TOO TABOO

■リレハンメルオリンピック開幕
■ニルヴァーナのカート・コバーン自殺
■ F1・アイルトン・セナが事故死
■村山内閣発足
■向井千秋さんを乗せたスペースシャトル打ち上げ
■ビートたけしがミニバイク事故
■ジュリアナ東京閉店
■関西国際空港開港
■ オリックス、イチロー史上初の210本安打を記録
■王貞治氏が翌年からダイエーの監督に就任決定
■プレイステーション発売
■テレビ
「めざましテレビ」
「開運!なんでも鑑定団」
「警部補 古畑任三郎」
■音楽 MR.Cildren「INNOCENT WORLD」
EAST END + YURI「DA・YO・NE」
TRF「BOY MEETS GIRL」
■流行語
「同情するならカネをくれ」(家なき子)
「イチロー(効果)」
「価格破壊」
「ヤンママ」


1995
Release
●オリジナル・ラヴ/Rainbow Race
●SPANK HAPPY (第一期)/FREAK SMILE
●スチャダラパー/5th wheel 2 the coach
●TOKYO NO.1 SOUL SET/TRIPLE BARREL
●GREAT 3/Richmondo High
●CORNELIUS/69/96
●ピチカート・ファイヴ/ロマンティーク96
●カヒミ・カリィ/MY FIRST KARIE
●ラヴ・タンバリンズ/ALIVE

■阪神・淡路大震災発生
■地下鉄サリン事件発生
■青島幸男都知事と横山ノック府知事が当選
■アルベルト・フジモリペルー大統領再選
■全日空857便ハイジャック事件
■札幌・東京地区を皮切りにPHSサービス営業開始
■ヤクルトが巨人戦に勝ち、2年ぶりセ・リーグ優勝
■ 巨人・原辰徳の引退試合、東京ドームで行われる
■お台場を走るゆりかもめの一部(新橋〜有明)が開業
■もんじゅナトリュウム漏えい事故発生
■ザイールでエボラ出血熱発生
■音楽
MP3ファイルが出回り始める
小沢健二「カローラIIにのって」
シャ乱Q「ズルい女」
DREAMS COME TRUE「LOVE LOVE LOVE」
スピッツ「ロビンソン」等


1996
Release
●オリジナル・ラヴ/Desire
●スチャダラパー/偶然のアルバム
●TOKYO NO.1 SOUL SET/Jr.
●GREAT 3/METAL LUNCHBOX
●小沢健二/球体の奏でる音楽
●カヒミ・カリィ/LE ROI SOLEIL
●UNITED FUTURE ORGANIZATION
 /3rd PERSPECTIVE

■橋本内閣発足
■木村拓哉主演ドラマ「ロング・バケーション」
■爆発的人気に。
■O-157による集団食中毒
■アトランタオリンピック開催
■大リーグの野茂、ノーヒット・ノーラン
■ゲームソフト「ポケモン」大流行
■音楽
Mr.Children「名もなき詩」
■流行語
「援助交際」
「オヤジ狩り」
「チョベリバ」


1997
Release
●オリジナル・ラヴ/ELEVEN GRAFFITI
●GREAT 3/ROMANCE
●CORNELIUS/FANTASMA
●ピチカート・ファイヴ/HAPPY END OF THE WORLD
●カヒミ・カリィ/LARME DE CROCODILE
●ラヴ・タンバリンズ/Larme De Crocodile

・『Barfout!』Vol.29より月刊発行に変更。現在に至る。

■神戸連続児童殺傷事件発生(酒鬼薔薇事件)
■伊良部、ヤンキースと契約
■ワールドカップアジア地区予選日本が初出場決定
■映画タイタニックがアカデミー賞を11部門受賞
■たまごっちが大ブーム
■流行語
「失楽園」
「ビジュアル系」


1998
Release
●オリジナル・ラヴ/L
●スチャダラパー/東芝クラシックス/fun-keyLP
●GREAT 3/WITHOUT ONION
●ピチカート・ファイヴ/プレイボーイ・プレイガール
●カヒミ・カリィ/a K is a K is a K

■冬季オリンピックが長野で開催
■サッカーフランスでワールド・カップ、日本初出場
■和歌山でカレー毒物混入事件発生
■小渕内閣発足
■宇多田ヒカル、日本デビュー。
■流行語
「キレる」
「だっちゅーの」
「環境ホルモン」


1999
Release
●TOKYO NO.1 SOUL SET/9・9/9
●ピチカート・ファイヴ/PIZZICATO FIVE
●UNITED FUTURE ORGANIZATION/BON VOYAGE

■携帯電話・PHSの電話番号11桁化。
■コソボ紛争制裁、NATO軍ユーゴスラビアを空爆
■野球で日本代表がシドニーオリンピック出場決める
■東海村の核燃料工場で国内初の臨界事故が発生
■「五体不満足 (乙武洋匡)」がベストセラーに
■厚底靴、ヤマンバのギャルが大発生
■音楽
NHK「だんご三兄弟」がミリオンセラーに
■流行語
「カリスマ」
「2000年問題」
「ヤマンバ」
「雑草魂」





『BARFOUT!』11月号
(10月18日発売)
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