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レギュラーコラム 末井昭

[2008年01月15日]
vol.18 逸脱したエロ雑誌

『NEW SELF』という誌名を聞いたとき、カッコいいと思いましたね。「新たな自我」ってことだと思っていたんだけど、Do it your self、つまりオナニーの意味だったらしい。その期待を裏切らないよう、オナニーできる雑誌にしようと思って、ビニ本のポジを集めて適当な文章付けて作っていたんだけど、雑誌っぽくならない。それにやってて面白くない。ということで、最初に原稿依頼したのは田中小実昌さんでした。そのうちいろんな人に原稿依頼するようになって、困った問題が起こったんです。やればやるほど赤字になる。
 編集費を35万円もらっていたんだけど、原稿料だけでも35万円ぐらいかかるようになっていたから、事務所の家賃や交通費や打ち合わせ代は持ち出しです。「これは困った」と思っていたとき、森下さんがセルフ出版という会社を作るから入らないかと言ってくれて。それまで『NEW SELF』はよその出版社の口座を借りて出していたんです。
 キャバレーを辞めてから会社に勤めたことがなかったから不安だったけど、経済的理由でセルフ出版に入ることにしました。会社を辞めると不安になる人がいるけど、僕の場合は会社に入るのが不安だったんです。毎日同じ時間に会社に行けるかどうか、人付き合いもよくなかったしね。Mさんのデザイン事務所に少しの間いたけど、会社っていう感じじゃなかったし。
 でも、セルフ出版も同じようなもので、仕事場は高田馬場のマンションの一室、社員は僕一人。一人で、企画、撮影、原稿依頼、原稿取り、レイアウト、表紙のデザイン、カット、版下、全部やらなければいけないんです。月刊誌だから忙しくて。
 最初は真面目なエロ雑誌を作るつもりだったけど、だんだんヘンな雑誌になって行ったのは、原稿依頼する人選を間違ったからでしょう。せっかく著者に会えるんだから、だったら僕の好きな人に会いに行こう、ということで、まず嵐山光三郎さんに会いに行ったのかな。嵐山さんはエロ雑誌だからということで、「性生活改善講座」という連載をしてくれることになって、イラスト担当に南伸坊さんを紹介してくれた。理由は「安いから」ということで。
 評論家の平岡正明さんにも、「エロ雑誌です」というのは気が引けるので「オナニズムの雑誌です」と言って原稿依頼に行ったら「体力論・性欲篇」という連載をしてくれることになったんだけど、『膣は脆いようでしぶといものであり、男の射精現象は通常、ほとんどそこで行われ、一時的にでも男の欲望の解除をもたらす敵対物であるから、膣に関してまとまった考察をわれわれは加えなくてはならない段階にきた。』なんて、まるで膣と闘争でもするかのようなことを書いてくる。
 赤瀬川原平さんにエッセイを頼むと、一応エロ雑誌ということを考慮してくれてセックスの話を書いてくれたんだけど、セックスの相手がタイプライターだったりして。タイプライターとセックスする話を読んでも、興奮する読者は少ないです。この頃からだんだんエロから遠ざかるようになって行ったのかな。でも、エロ雑誌からはみ出したものの方が面白かったんです。
 いまはエロ雑誌にサブカルの記事が入るなんて当たり前になったけど、『NEW SELF』以前はエロ雑誌はエロの職人が作っていたんです。写真も記事もイラストも、エロという共通項があった。唯一外れていたのが僕のイラストだったかもしれないけど。
 秋山祐徳太子さんは芸術家だけど、都知事選に立候補して(当然ながら)落選したあとだったから、次期都知事選に向けての「事前運動インタビュー」ということで、いろんな芸能人に会いに行って、当時9歳だった斉藤こず恵にインタビューしたり。ブリキの王冠を被ったヘンなオジサンがインタビューに来たので、ビックリしてました。
 詩人の奥成達さんにエッセイを頼んだら、「冷し中華思想の研究」を連載させてくれって言われて、冷し中華愛好会神奈川県委員会・編「月刊・冷し中華思想の研究」の連載が始まるんです。ピアニストの山下洋輔さんが「なぜ冬に冷し中華が食べられないのか?」という問題提起をしたのが発端で、冷し中華について論争が始まったわけです。冷し中華の起源は古代バビロニアであるとか、ナルトは銀河系を意味しているとか、冷し中華は料理の一形態ではなく食品概念では捕らえることができない「何か」であるとか、冷し中華がだんだんすごいものになって行く。楽器が知識に替わったジャズのアドリブのようなものですね。そして、読売ホールを借りて冷し中華祭りというイベントを開催したり、『空飛ぶ冷し中華』という本を出したり、そのフレームアップというか、拡大の仕方はすごかったですよ。奥成達さんから学んだことは大きいですね。
 荒木経惟さんにも最初はエッセイを頼んだんです。エッセイを頼んで、原稿をもらうときいろいろ話して、それから連載になるというパターンが僕の場合多いんです。
 荒木さんは「雪子の死」という文章を書いてくれて、写真を1枚付けてくれたんだけど、これが載ったときは嬉しかったですね。『センチメンタルな旅』という写真集を見て荒木さんのファンになっていたから。いままで遠くに眩しく見えて近寄り難かった人達に、原稿依頼ということで堂々と会えるわけだから、雑誌の編集をやってよかったと思いました。
 このあとすぐに「劇写・女優たち」という荒木さんの連載が始まるんだけど、撮影しないと連載はやらないと荒木さんが言うから、毎月モデル探しをやらなくてはいけなくなったんです。ヌードモデルのプロダクションがあったけど、そこに頼むとモデル代が最低でも3万円かかるんです。編集費が少ないから3万円はきつい。だから1万円のモデルを探さないといけないということで、アングラ劇団の女の子に「芸術写真だから」と言ってモデルになってもらったりして。ヌードになると言うと断られるかもしれないので、曖昧にしておいて現場でなんとかしようということで。でも、だいたいみんなヌードになってくれるんです。これは荒木さんの言葉の力で、それはすごいと思いました。
 モデルプロダクションに頼めば簡単なんだけど、苦労してモデルを探したり、ヌードは嫌だという女の子に頼み込んでヌードになってもらったり、そういうドキュメンタリーが面白いんです。予定調和じゃないからね。お金があればいいってものじゃないわけ。お金がなかったからよかったんです。
『NEW SELF』は3万部ぐらい出していたのかな? エロっぽいページはカラーのヌード写真ぐらいになっていたけど、それでも売れていたから雑誌にとっていい時代だったんです。編集者も男子1人、女子2人と増えて、なんとか軌道に乗りかけていたころ、突然警視庁の刑事が2、3人お見えになって、猥褻容疑で逮捕する……逮捕とは言わなかったけど、猥褻文書販売容疑で捜査するって言われて。
 寝耳に水ってこういうことを言うんですね。だって『NEW SELF』はどんどんエロから遠ざかっていて、カラーページにしたって申し訳程度のヌード写真だったから、何が猥褻なのかまったく理解できなくて。
 警視庁の方が言うには、堤玲子さんの小説「続・美少年狩り」の中にオマンコという言葉が36箇所あると言うんです。「えっ?」って思いました。あとで数えてみたら、確かに36箇所あったんだけど、オマンコって言葉を使っただけで警察が来るなんて思ってもみなかった。
 堤玲子さんは僕と同じ岡山の出身で、『わが闘争』という本が話題になった文学者で、僕もそれを読んで小説を連載してもらっていたんだけど、文学だと思っていたから猥褻なんていうことは考えてもみなかったんです。
『NEW SELF』はエロ雑誌なのかなんなのかよくわからない雑誌だったけど、面白いから売れていた。人から面白いって言われて、僕も得意になっていた。でも、警察はエロの視線で、オマンコという言葉だけを見ていた。僕とはまったく違う視線があることに気が付いたんです。
 でもって、『NEW SELF』は1年半をもって事実上の発禁。以後出せなくなったんです。
(聞き書き:松田義人)



末井さん近況
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2月1日(金)阿佐ヶ谷のLoft Aにて末井昭責任編集「シュルレアリスム落語宣言」というトーク・イベントがあります。平岡正明さん、快楽亭ブラック師匠を招いて、落語の話で盛り上がりたいと思います。詳しくはコチラから。
(写真は昨年の12月25日、西原理恵子さん、ペーソスを招いてLoft Aで行われた「愛のドロドロ 金のボロボロ」)



末井昭(編集者)
1948年・岡山県生まれ。白夜書房・編集局長。キャバレーの看板描き、デザイナー、イラストレーターなどを経て編集者に。現在はサックスに夢中。主な著書に「素敵なダイナマイトスキャンダル」「絶対毎日スエイ日記」などがある。




vol.17 青春と中央線 はコチラから。


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