[2008年01月04日]
vol.17 青春と中央線
青春なんて言うと恥ずかしいけど、よく言われる青春のようなものが自分にあったのかどうか考えてみると、中央線に、パンツに付いた精液のように、少し青春がこびり付いているように思うんです。
出版よろず承り業の頃、松沢君という友達がいて、彼のアパートに何度か遊びに行ったことがあるんですけど、彼が住んでいたのが中央線の武蔵小金井でした。
数少ない好きな友達の一人で、文学が好きで、ジャズが好きで、絵が好きで、秋田出身だったけど都会的で、「階下の住人がロックが好きで、毎晩ロックのレコードをかけるんだけど、ベースの音が単調でまるで拷問されているようだ」とよく言っていて、行くとジャズのレコードをかけてくれて、太宰治の話なんかしたんじゃないかなぁ。
中央線で武蔵小金井に向かっているときの(まるで恋人に会いに行くような)ドキドキした気持ちを、いまでも中央線に乗ると思い出すんです。彼の繊細さに嫉妬しながらも、好きだったんですね。
あと、安部慎一ですね。『ガロ』でデビューした漫画家で、「やさしい人」とか「美代子阿佐ヶ谷気分」とか描いていて、作りごととは思えないリアルな漫画で、男同士酒を飲みながら語り、そして男同士泣いたりするんですね。繊細だなぁと。僕は何事も大雑把で、辛いことでも一晩寝ると忘れてしまうような能天気な性格だったから、繊細な人に憧れていたんでしょう。その安部慎一が阿佐ヶ谷に住んでいた。
安倍慎一だけでなく、他にも『ガロ』に描いている漫画家が阿佐ヶ谷に住んでいて、(安部)慎一と(永島)慎二がよく飲んでいるとか知ると嫉妬してね。僕もいつか『ガロ』で漫画を描きたいと思っていたから、いつか阿佐ヶ谷に住みたいなと。結局、住んだことも『ガロ』に応募したこともなかったけど。
それとMさんの奥さんですね。
Mさんは作画会のとき、僕の観念的な話をバカにしないで真面目に聞いてくれた人で、僕が唯一信頼できる大人でした。そのMさんが独立して事務所を作ることになって、僕に来てくれないかということになって、勤めることにしたんです。会社といっても2人だけの小さなデザイン会社でしたけど。
自分の仕事をやってもいいと言ってくれたので、仕事がないときはその事務所で出版よろず承り業の仕事をしたり、ときにはギター弾いて泉谷しげるの歌なんかを唄ったりしてました。一人じゃないですよ。ちゃんと聞いてくれる人がいて、それがMさんの奥さんだったんです。
僕より12、3歳年上で、某出版社で辞書の編集をしているすごく綺麗な人で、そのFさんが事務所に来るとなんだか嬉しくなって、歌なんか唄ってしまうんです。拍手なんかしてもらっていい気になってましたね。
そのうちFさんに映画に誘われて、武蔵美だったかどこだったか忘れたけど、八王子付近の大学の学園祭で上映していたアラン・レネの「去年マリエンバートで」を観に行ったんです。肌寒い季節だったから秋だと思うけど、恋人みたいな気分で大学までの道を歩いたんです。でも、いざ映画になると眠ってしまって。なんだかよくわからない映画で、流れてくるバロック音楽が気持ちよくてスヤスヤ。映画のことはなんにも覚えてない。結構忙しかったから疲れていたのかもしれない。
そのうち2人で飲みに行くようになって。事務所は四谷にあったんだけど、飲みに行くのはだいたい高円寺のガード下の飲み屋さんで、Fさんがよく行っていた店でした。何回目かに、僕が「帰りたくない」とか言ったんだと思うけど、「アパートに来る?」みたいなことになって。Mさんが帰ってくるんじゃないかと気になったけど、今日は帰ってこないって言うんで、高円寺の純情商店街の先にあったアパートにお邪魔したわけです。
2間の古いアパートで、僕はもう少し豪華な部屋を想像してたから、ちょっと哀しい気持ちになりました。だって、Mさんは僕より20ぐらい年上だったから。
でもって、奥の部屋にFさんがフトンを敷いて、僕は素っ裸になってフトンにもぐり込んで、Fさんはしばらくしてネグリジェに着替えてフトンの中に入ってきた。明かりは窓から射し込む月明かりだけ。僕の心臓はドクンドクン音を立てていたと思います。
Fさんが僕の上に乗ってきて、僕の勃起したチンチンを自分の中に入れてくれて……。そこから先は言うのが恥ずかしいけど、まぁ上になったり下になったりしてしたわけです。
セックスが終わって2人でフトンの中にいると、コーン、コーンという音が聞こえてくるんです。アパートの階段を誰かがゆっくり上がってくる。Fさんの顔がこわばっている。僕の心臓も前にも増してドクンドクンドクンですよ。
ドアが開いて誰かが入ってくる。Mさんであることは間違いないので、一瞬窓から外に飛び出そうと思ったけど、2階だってことに気が付いて、「もうどうにでもなれ」みたいな気持ちで、フトン被ってフテ寝してました。
そのうち襖が開いて、Mさんらしき人が入ってきて、フトンを静かにめくる。僕と目が合う。「キミか…」ってMさんは寂しそうに言ったんです。僕は何も言わなかった。そのあとMさんと奥さんは隣の部屋で言い争いになって、「だってあなただって浮気してるじゃない」とか言っている。僕は、そこへ出て行くのもまずい雰囲気だったし、Mさんに合わせる顔もなかったから、そのままフトン被ってました。
そのうちMさんが「今日は僕が出て行く」と言って、アパートの階段をコーン、コーンと下りて行くんです。僕の頭の中で、さっきMさんが言った「キミか…」って言葉がグルグル回る。失望のような、軽蔑のような、独り言のような、つぶやくように「キミか…」なんです。そこでMさんが怒り狂ってくれれば、こっちも気が楽だったんだけど、「キミか…」には負けたと思いました。何に負けたかよくわからないけど。
このあとどうしたかって? またFさんとセックスしたんです。本当にデリカシーのない奴だと思うけど、そのときはセックスするしかなかった。しかもその部屋に朝までいて、朝ご飯をFさんに作ってもらって食べているとき、Mさんから電話がかかってきたんです。「末井君はまだいるのか?」ということで、僕が電話に出て。「とにかく、キミはそこから出て行ってくれ。とりあえずいまは僕達の部屋だから」と言われて。当然ですよね。僕がそこに居座ると思ったかもしれない。なんだか自分がものすごく厚かましい奴だという気がして。実際厚かましい奴なんだけど。
Fさんは僕に「末井さんのほんの少しだけくれればいい」と言うんです。意味がわからなくて。ほんの少し? チンコだろうか? なんて頭の中で思ったりしたんだけど、何かその言葉で現実に戻った気がして、Yになんて言って嘘つこうかとか考えていました。きのうFさんと高円寺で飲んで、肩を抱き合ってこのアパートに来て、月明かりの中でセックスしたことが、夢の中の出来事のような気がしたんです。
このことがあってから、Mさんと顔を合わすのが気まずくて事務所に行けなかった。
Fさんとはそのあと何回か会ったような気がするけど、セックスはその1回だけ。Fさんの細い体と、月明かりで見た僕の上で動くFさんの表情を思い出して、何回かオナニーしましたけど。
(聞き書き:松田義人)
末井さん近況

明けましておめでとうございます。
正月は湯河原で過ごしました。(写真は小田急線から見た富士山)
末井昭(編集者)
1948年・岡山県生まれ。白夜書房・編集局長。キャバレーの看板描き、デザイナー、イラストレーターなどを経て編集者に。現在はサックスに夢中。主な著書に「素敵なダイナマイトスキャンダル」「絶対毎日スエイ日記」などがある。
末井昭
プロフィール
編集者
1948年・岡山県生まれ。白夜書房・編集局長。キャバレーの看板描き、デザイナー、イラストレーターなどを経て編集者に。現在はサックスに夢中。主な著書に「素敵なダイナマイトスキャンダル」「絶対毎日スエイ日記」などがある。
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