ロックンロールニュース


レギュラーコラム 末井昭

[2008年01月18日]
vol.19  ヘトヘトの恋

『NEW SELF』が事実上発禁になって、次に作った雑誌が『ウイークエンドスーパー』です。その前に僕が編集長だった『小説マガジン』という雑誌もあったんですけど、これは「冷し中華思想の研究」が雑誌になったもので、実質的編集長は奥成達さんだったんです。
『ウイークエンドスーパー』ってタイトルは、ゴダールの「ウイークエンド」から取って付けたんだけど、特許庁で調べたら登録されてたんでスーパーを付けたんです。週末にスーパーマーケットに行くみたいな感じになったけど、それもまぁいいかなって。
 映画雑誌だったんだけど、『NEW SELF』と同じでだんだんよくわからない雑誌になってしまって。でも、意識的になんだかよくわからない雑誌にしていたような気がします。著者は『NEW SELF』の頃お付き合いがあった方々が多く、荒木経惟さんの連載は2本になっていました。
 なんだかよくわからない雑誌でもそれなりに売れていて、会社もマンションの一室からビルのワンフロアに引っ越して、他にも何誌か雑誌を出すようになっていたんです。
 サラリーマンになるとローンが組めるから、ローンで小田急線の向ヶ丘遊園というところに建て売り住宅を買ったんです。1200万円ぐらいだったと思うけど。
 Yは家が持てたことを喜んでいました。30にして家が持てたから僕も嬉しいはずなんだけど、何か心にピューッと風が吹くわけ。生活が安定すればするほど、空虚な気持ちになってしまう。そんなときにFと出会ったんです。
 Fは『ウイークエンドスーパー』の編集アシスタントとして入ってきたんだけど、最初は全然興味がなかった。男の子みたいにいつもジーンズを穿いていて、そんなに美人でもなかったし。年は僕より10歳ぐらい下だったけど、若い女の子って感じがしなかった。
 でもあるとき、みんなで飲みに行ったとき、突然好きになってしまって。その理由をいま考えているんだけどよくわからない。たぶんエキセントリックでセクシーだったからだと思うけど、女っぽいこととは違うんです。まぁいいや、とにかく好きになって、それからFのことが気になるようになったんです。
 
 Fと最初にセックスしたのは新宿の同伴喫茶。なんでそんなところに入ったのかわからないけど、とにかく最悪でした。喫茶店というよりドヤ街の簡易宿泊所みたいなところで、ベニヤで仕切った3畳ほどの部屋にコタツがある。新宿でコタツですよ。秋田の山奥に行ってるんじゃないんだから。
 わびしいその部屋でコタツに入って待っていると、蝶ネクタイのボーイさんがコーヒーを運んできて、黙ってコタツの上に置いて行く。突然、隣の部屋の人がベニヤの壁をドーンと蹴飛ばすんです。ビックリしますよね。蹴飛ばしたんじゃなくて、部屋が狭いから足が壁に当たるんです。隣はセックスの最中でした。
 そこでまぁ、僕らもセックスしたわけですけど、入れたと思ったらすぐ出ちゃって。早漏ですね。気まずい感じになって。自分のチンコとその部屋を呪いましたね。
 その同伴喫茶を出て、ジャズ喫茶に入って2人で音楽聴きながら、気まずい思いでお酒を飲んでいたら、Fが「最後がよければそれでいいよ」と言ってくれたんです。優しいところもあるんだなって思いました。
 それから2カ月ぐらい経って、Fとラブホテルばかり行くようになったんです。夕方Fが帰りかけると僕も帰る準備をして、3分遅れぐらいで会社を出てFを追っかけるんです。
 一緒に飲みに行って、早くセックスしたいんだけど自分からホテルに行こうって言うとスケベに思われるから、また違う店に行って飲む。そのうち電車がなくなって、行くところもなくなって、抱き合って道端にへたり込んで、白々しく「どこへ行こうか?」なんて言うと、Fが小さな声で言うんです、「ホテル」って。ズルイやり方だと思うけど、これをやっているとヘトヘトになるわけ。お酒もそんなに飲めなかったし。
 土曜日の夜なんか、遅い時間に行くとどこのラブホテルも満員でね。高田馬場から池袋、巣鴨と、空いてるラブホテルを探してタクシーでグルグル回って、やっと入れたらもう朝になってたりして。
 Yには当然言えないから、仕事で徹夜だと嘘ついて、Yのお母さんが田舎から出てきているときも家に帰らなかったことがある。お母さんに「あんなに働いて体を壊すんじゃないか」って心配されて。罪悪感でどんどん元気がなくなるんです。
 ラブホテル代も大変ですよ。ラブホテル代を稼ぐためにアルバイトで自販機本を作って、もう寝る暇なんてないですよ。寝不足でフラフラしながら会社に行くと、充分睡眠を取った人たちが元気で働いている。「俺はいったい何をやってるんだろう」と思って自己嫌悪になる。罪悪感もあるし、寝不足だし、元気が出るわけがない。
 Fは僕以外にも付き合っている男が何人かいて、ときどきバッティングすることがあったんです。僕と会っているとき「今日は○○さんと約束してる」って言ったりするわけ。隠さないところがいいんだけど、○○さんは会社の人でよく知っているから、よけいに嫉妬するんです。心の中では嫉妬の炎がメラメラなんだけど、カッコつけて平静を装って「どうするの?」って言ってみたりしてね。「じゃあ、コインの表が出たらここにいる。裏だったら行く」ってFは言う。「コインはねぇだろう」とか思いながら「表が出ろ」と念じたり。「あ、裏だ」と言ってFは出て行く。喫茶店の窓から駆け足で去って行くFを淋しく見ているんだけど、心のどこかで「ああ、よかった」と思ったりしてね。「今日は家に帰れる」って。
 池袋のラブホテルを出たあと、東武東上線に乗って東毛呂ってところに行ったことがあるんです。Fが突然「海が見たい」って言って、「えっ、海?」とか思ったんだけど、東毛呂ってところに湖があるからそこに行こうってことになって。
 その日は休日で、家に帰らないといけなかったんだけど、もうどうでもよくなって。電車が郊外に進むにつれて、家と結ばれているゴム紐が伸び切ってプツンと切れた感じがしたんです。
 わびしい駅で降りて、湖に行く道を聞くと1時間半もかかるって言うから、タクシーで行くことにしたんだけど、ポケットには千円ぐらいしかなくて。Fは5千円を「持ってて」と言って僕に渡すんです。あのときもっとお金があって、もっと遠くに行っていたら、ひょっとして2人で蒸発してたんじゃないかって思うことがある。
 ラブホテルは窓を遮光しているから、気が付いたら昼頃だったりするんだけど、電話が鳴って「延長しますか?」って聞かれて、ラブホテルから出たときの白々しさが嫌だし、Fと一緒にいたいから「はい」と言って、またしばらくすると電話が鳴って、もう面倒だから「もう1泊します」って言って。仕事のこともYのことも気になるんだけど「もうどうにでもなれ」ってことで、Fと抱き合って2日間ラブホテルにいたことがあるんです。
 そのときFが「大好き」って言ったんです。それまで一度もそんなこと言ったことがなかった。そう言われることを待ってたはずなのに、なぜか心の中にピューッと風が吹くんです。
 Fを独占したいっていう自分のエゴだけだったかもしれない。
(聞き書き:松田義人)



末井さん近況
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下北沢で40年やっているBar「KOMPAL」で、毎月第3日曜日の19時からペーソスと一緒にミニライブをやっています。今度は1月20日です。(KOMPAL:タウンホール裏 電話3467-0987)



イベント情報

■2月1日(金)阿佐ヶ谷Loft Aにて「シュルレアリスム落語宣言」。出演:平岡正明、快楽亭ブラック、末井昭。詳しくはコチラから。

■2月2日(土)渋谷シアター・イメージフォーラムにて麿赤児さんと。映画「裸の夏」18:45の回上映後。詳しくはコチラから。



末井昭(編集者)
1948年・岡山県生まれ。白夜書房・編集局長。キャバレーの看板描き、デザイナー、イラストレーターなどを経て編集者に。現在はサックスに夢中。主な著書に「素敵なダイナマイトスキャンダル」「絶対毎日スエイ日記」などがある。




vol.18 逸脱したエロ雑誌 はコチラから。


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[2008年01月15日]
vol.18 逸脱したエロ雑誌

『NEW SELF』という誌名を聞いたとき、カッコいいと思いましたね。「新たな自我」ってことだと思っていたんだけど、Do it your self、つまりオナニーの意味だったらしい。その期待を裏切らないよう、オナニーできる雑誌にしようと思って、ビニ本のポジを集めて適当な文章付けて作っていたんだけど、雑誌っぽくならない。それにやってて面白くない。ということで、最初に原稿依頼したのは田中小実昌さんでした。そのうちいろんな人に原稿依頼するようになって、困った問題が起こったんです。やればやるほど赤字になる。
 編集費を35万円もらっていたんだけど、原稿料だけでも35万円ぐらいかかるようになっていたから、事務所の家賃や交通費や打ち合わせ代は持ち出しです。「これは困った」と思っていたとき、森下さんがセルフ出版という会社を作るから入らないかと言ってくれて。それまで『NEW SELF』はよその出版社の口座を借りて出していたんです。
 キャバレーを辞めてから会社に勤めたことがなかったから不安だったけど、経済的理由でセルフ出版に入ることにしました。会社を辞めると不安になる人がいるけど、僕の場合は会社に入るのが不安だったんです。毎日同じ時間に会社に行けるかどうか、人付き合いもよくなかったしね。Mさんのデザイン事務所に少しの間いたけど、会社っていう感じじゃなかったし。
 でも、セルフ出版も同じようなもので、仕事場は高田馬場のマンションの一室、社員は僕一人。一人で、企画、撮影、原稿依頼、原稿取り、レイアウト、表紙のデザイン、カット、版下、全部やらなければいけないんです。月刊誌だから忙しくて。
 最初は真面目なエロ雑誌を作るつもりだったけど、だんだんヘンな雑誌になって行ったのは、原稿依頼する人選を間違ったからでしょう。せっかく著者に会えるんだから、だったら僕の好きな人に会いに行こう、ということで、まず嵐山光三郎さんに会いに行ったのかな。嵐山さんはエロ雑誌だからということで、「性生活改善講座」という連載をしてくれることになって、イラスト担当に南伸坊さんを紹介してくれた。理由は「安いから」ということで。
 評論家の平岡正明さんにも、「エロ雑誌です」というのは気が引けるので「オナニズムの雑誌です」と言って原稿依頼に行ったら「体力論・性欲篇」という連載をしてくれることになったんだけど、『膣は脆いようでしぶといものであり、男の射精現象は通常、ほとんどそこで行われ、一時的にでも男の欲望の解除をもたらす敵対物であるから、膣に関してまとまった考察をわれわれは加えなくてはならない段階にきた。』なんて、まるで膣と闘争でもするかのようなことを書いてくる。
 赤瀬川原平さんにエッセイを頼むと、一応エロ雑誌ということを考慮してくれてセックスの話を書いてくれたんだけど、セックスの相手がタイプライターだったりして。タイプライターとセックスする話を読んでも、興奮する読者は少ないです。この頃からだんだんエロから遠ざかるようになって行ったのかな。でも、エロ雑誌からはみ出したものの方が面白かったんです。
 いまはエロ雑誌にサブカルの記事が入るなんて当たり前になったけど、『NEW SELF』以前はエロ雑誌はエロの職人が作っていたんです。写真も記事もイラストも、エロという共通項があった。唯一外れていたのが僕のイラストだったかもしれないけど。
 秋山祐徳太子さんは芸術家だけど、都知事選に立候補して(当然ながら)落選したあとだったから、次期都知事選に向けての「事前運動インタビュー」ということで、いろんな芸能人に会いに行って、当時9歳だった斉藤こず恵にインタビューしたり。ブリキの王冠を被ったヘンなオジサンがインタビューに来たので、ビックリしてました。
 詩人の奥成達さんにエッセイを頼んだら、「冷し中華思想の研究」を連載させてくれって言われて、冷し中華愛好会神奈川県委員会・編「月刊・冷し中華思想の研究」の連載が始まるんです。ピアニストの山下洋輔さんが「なぜ冬に冷し中華が食べられないのか?」という問題提起をしたのが発端で、冷し中華について論争が始まったわけです。冷し中華の起源は古代バビロニアであるとか、ナルトは銀河系を意味しているとか、冷し中華は料理の一形態ではなく食品概念では捕らえることができない「何か」であるとか、冷し中華がだんだんすごいものになって行く。楽器が知識に替わったジャズのアドリブのようなものですね。そして、読売ホールを借りて冷し中華祭りというイベントを開催したり、『空飛ぶ冷し中華』という本を出したり、そのフレームアップというか、拡大の仕方はすごかったですよ。奥成達さんから学んだことは大きいですね。
 荒木経惟さんにも最初はエッセイを頼んだんです。エッセイを頼んで、原稿をもらうときいろいろ話して、それから連載になるというパターンが僕の場合多いんです。
 荒木さんは「雪子の死」という文章を書いてくれて、写真を1枚付けてくれたんだけど、これが載ったときは嬉しかったですね。『センチメンタルな旅』という写真集を見て荒木さんのファンになっていたから。いままで遠くに眩しく見えて近寄り難かった人達に、原稿依頼ということで堂々と会えるわけだから、雑誌の編集をやってよかったと思いました。
 このあとすぐに「劇写・女優たち」という荒木さんの連載が始まるんだけど、撮影しないと連載はやらないと荒木さんが言うから、毎月モデル探しをやらなくてはいけなくなったんです。ヌードモデルのプロダクションがあったけど、そこに頼むとモデル代が最低でも3万円かかるんです。編集費が少ないから3万円はきつい。だから1万円のモデルを探さないといけないということで、アングラ劇団の女の子に「芸術写真だから」と言ってモデルになってもらったりして。ヌードになると言うと断られるかもしれないので、曖昧にしておいて現場でなんとかしようということで。でも、だいたいみんなヌードになってくれるんです。これは荒木さんの言葉の力で、それはすごいと思いました。
 モデルプロダクションに頼めば簡単なんだけど、苦労してモデルを探したり、ヌードは嫌だという女の子に頼み込んでヌードになってもらったり、そういうドキュメンタリーが面白いんです。予定調和じゃないからね。お金があればいいってものじゃないわけ。お金がなかったからよかったんです。
『NEW SELF』は3万部ぐらい出していたのかな? エロっぽいページはカラーのヌード写真ぐらいになっていたけど、それでも売れていたから雑誌にとっていい時代だったんです。編集者も男子1人、女子2人と増えて、なんとか軌道に乗りかけていたころ、突然警視庁の刑事が2、3人お見えになって、猥褻容疑で逮捕する……逮捕とは言わなかったけど、猥褻文書販売容疑で捜査するって言われて。
 寝耳に水ってこういうことを言うんですね。だって『NEW SELF』はどんどんエロから遠ざかっていて、カラーページにしたって申し訳程度のヌード写真だったから、何が猥褻なのかまったく理解できなくて。
 警視庁の方が言うには、堤玲子さんの小説「続・美少年狩り」の中にオマンコという言葉が36箇所あると言うんです。「えっ?」って思いました。あとで数えてみたら、確かに36箇所あったんだけど、オマンコって言葉を使っただけで警察が来るなんて思ってもみなかった。
 堤玲子さんは僕と同じ岡山の出身で、『わが闘争』という本が話題になった文学者で、僕もそれを読んで小説を連載してもらっていたんだけど、文学だと思っていたから猥褻なんていうことは考えてもみなかったんです。
『NEW SELF』はエロ雑誌なのかなんなのかよくわからない雑誌だったけど、面白いから売れていた。人から面白いって言われて、僕も得意になっていた。でも、警察はエロの視線で、オマンコという言葉だけを見ていた。僕とはまったく違う視線があることに気が付いたんです。
 でもって、『NEW SELF』は1年半をもって事実上の発禁。以後出せなくなったんです。
(聞き書き:松田義人)



末井さん近況
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2月1日(金)阿佐ヶ谷のLoft Aにて末井昭責任編集「シュルレアリスム落語宣言」というトーク・イベントがあります。平岡正明さん、快楽亭ブラック師匠を招いて、落語の話で盛り上がりたいと思います。詳しくはコチラから。
(写真は昨年の12月25日、西原理恵子さん、ペーソスを招いてLoft Aで行われた「愛のドロドロ 金のボロボロ」)



末井昭(編集者)
1948年・岡山県生まれ。白夜書房・編集局長。キャバレーの看板描き、デザイナー、イラストレーターなどを経て編集者に。現在はサックスに夢中。主な著書に「素敵なダイナマイトスキャンダル」「絶対毎日スエイ日記」などがある。




vol.17 青春と中央線 はコチラから。


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[2008年01月04日]
vol.17 青春と中央線

 青春なんて言うと恥ずかしいけど、よく言われる青春のようなものが自分にあったのかどうか考えてみると、中央線に、パンツに付いた精液のように、少し青春がこびり付いているように思うんです。
 出版よろず承り業の頃、松沢君という友達がいて、彼のアパートに何度か遊びに行ったことがあるんですけど、彼が住んでいたのが中央線の武蔵小金井でした。
 数少ない好きな友達の一人で、文学が好きで、ジャズが好きで、絵が好きで、秋田出身だったけど都会的で、「階下の住人がロックが好きで、毎晩ロックのレコードをかけるんだけど、ベースの音が単調でまるで拷問されているようだ」とよく言っていて、行くとジャズのレコードをかけてくれて、太宰治の話なんかしたんじゃないかなぁ。
 中央線で武蔵小金井に向かっているときの(まるで恋人に会いに行くような)ドキドキした気持ちを、いまでも中央線に乗ると思い出すんです。彼の繊細さに嫉妬しながらも、好きだったんですね。
 あと、安部慎一ですね。『ガロ』でデビューした漫画家で、「やさしい人」とか「美代子阿佐ヶ谷気分」とか描いていて、作りごととは思えないリアルな漫画で、男同士酒を飲みながら語り、そして男同士泣いたりするんですね。繊細だなぁと。僕は何事も大雑把で、辛いことでも一晩寝ると忘れてしまうような能天気な性格だったから、繊細な人に憧れていたんでしょう。その安部慎一が阿佐ヶ谷に住んでいた。
 安倍慎一だけでなく、他にも『ガロ』に描いている漫画家が阿佐ヶ谷に住んでいて、(安部)慎一と(永島)慎二がよく飲んでいるとか知ると嫉妬してね。僕もいつか『ガロ』で漫画を描きたいと思っていたから、いつか阿佐ヶ谷に住みたいなと。結局、住んだことも『ガロ』に応募したこともなかったけど。
 それとMさんの奥さんですね。
 Mさんは作画会のとき、僕の観念的な話をバカにしないで真面目に聞いてくれた人で、僕が唯一信頼できる大人でした。そのMさんが独立して事務所を作ることになって、僕に来てくれないかということになって、勤めることにしたんです。会社といっても2人だけの小さなデザイン会社でしたけど。
 自分の仕事をやってもいいと言ってくれたので、仕事がないときはその事務所で出版よろず承り業の仕事をしたり、ときにはギター弾いて泉谷しげるの歌なんかを唄ったりしてました。一人じゃないですよ。ちゃんと聞いてくれる人がいて、それがMさんの奥さんだったんです。
 僕より12、3歳年上で、某出版社で辞書の編集をしているすごく綺麗な人で、そのFさんが事務所に来るとなんだか嬉しくなって、歌なんか唄ってしまうんです。拍手なんかしてもらっていい気になってましたね。
 そのうちFさんに映画に誘われて、武蔵美だったかどこだったか忘れたけど、八王子付近の大学の学園祭で上映していたアラン・レネの「去年マリエンバートで」を観に行ったんです。肌寒い季節だったから秋だと思うけど、恋人みたいな気分で大学までの道を歩いたんです。でも、いざ映画になると眠ってしまって。なんだかよくわからない映画で、流れてくるバロック音楽が気持ちよくてスヤスヤ。映画のことはなんにも覚えてない。結構忙しかったから疲れていたのかもしれない。
 そのうち2人で飲みに行くようになって。事務所は四谷にあったんだけど、飲みに行くのはだいたい高円寺のガード下の飲み屋さんで、Fさんがよく行っていた店でした。何回目かに、僕が「帰りたくない」とか言ったんだと思うけど、「アパートに来る?」みたいなことになって。Mさんが帰ってくるんじゃないかと気になったけど、今日は帰ってこないって言うんで、高円寺の純情商店街の先にあったアパートにお邪魔したわけです。
 2間の古いアパートで、僕はもう少し豪華な部屋を想像してたから、ちょっと哀しい気持ちになりました。だって、Mさんは僕より20ぐらい年上だったから。
 でもって、奥の部屋にFさんがフトンを敷いて、僕は素っ裸になってフトンにもぐり込んで、Fさんはしばらくしてネグリジェに着替えてフトンの中に入ってきた。明かりは窓から射し込む月明かりだけ。僕の心臓はドクンドクン音を立てていたと思います。
 Fさんが僕の上に乗ってきて、僕の勃起したチンチンを自分の中に入れてくれて……。そこから先は言うのが恥ずかしいけど、まぁ上になったり下になったりしてしたわけです。
 セックスが終わって2人でフトンの中にいると、コーン、コーンという音が聞こえてくるんです。アパートの階段を誰かがゆっくり上がってくる。Fさんの顔がこわばっている。僕の心臓も前にも増してドクンドクンドクンですよ。
 ドアが開いて誰かが入ってくる。Mさんであることは間違いないので、一瞬窓から外に飛び出そうと思ったけど、2階だってことに気が付いて、「もうどうにでもなれ」みたいな気持ちで、フトン被ってフテ寝してました。
 そのうち襖が開いて、Mさんらしき人が入ってきて、フトンを静かにめくる。僕と目が合う。「キミか…」ってMさんは寂しそうに言ったんです。僕は何も言わなかった。そのあとMさんと奥さんは隣の部屋で言い争いになって、「だってあなただって浮気してるじゃない」とか言っている。僕は、そこへ出て行くのもまずい雰囲気だったし、Mさんに合わせる顔もなかったから、そのままフトン被ってました。
 そのうちMさんが「今日は僕が出て行く」と言って、アパートの階段をコーン、コーンと下りて行くんです。僕の頭の中で、さっきMさんが言った「キミか…」って言葉がグルグル回る。失望のような、軽蔑のような、独り言のような、つぶやくように「キミか…」なんです。そこでMさんが怒り狂ってくれれば、こっちも気が楽だったんだけど、「キミか…」には負けたと思いました。何に負けたかよくわからないけど。
 このあとどうしたかって? またFさんとセックスしたんです。本当にデリカシーのない奴だと思うけど、そのときはセックスするしかなかった。しかもその部屋に朝までいて、朝ご飯をFさんに作ってもらって食べているとき、Mさんから電話がかかってきたんです。「末井君はまだいるのか?」ということで、僕が電話に出て。「とにかく、キミはそこから出て行ってくれ。とりあえずいまは僕達の部屋だから」と言われて。当然ですよね。僕がそこに居座ると思ったかもしれない。なんだか自分がものすごく厚かましい奴だという気がして。実際厚かましい奴なんだけど。
 Fさんは僕に「末井さんのほんの少しだけくれればいい」と言うんです。意味がわからなくて。ほんの少し? チンコだろうか? なんて頭の中で思ったりしたんだけど、何かその言葉で現実に戻った気がして、Yになんて言って嘘つこうかとか考えていました。きのうFさんと高円寺で飲んで、肩を抱き合ってこのアパートに来て、月明かりの中でセックスしたことが、夢の中の出来事のような気がしたんです。
 このことがあってから、Mさんと顔を合わすのが気まずくて事務所に行けなかった。
 Fさんとはそのあと何回か会ったような気がするけど、セックスはその1回だけ。Fさんの細い体と、月明かりで見た僕の上で動くFさんの表情を思い出して、何回かオナニーしましたけど。
(聞き書き:松田義人)



末井さん近況
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明けましておめでとうございます。
正月は湯河原で過ごしました。(写真は小田急線から見た富士山)



末井昭(編集者)
1948年・岡山県生まれ。白夜書房・編集局長。キャバレーの看板描き、デザイナー、イラストレーターなどを経て編集者に。現在はサックスに夢中。主な著書に「素敵なダイナマイトスキャンダル」「絶対毎日スエイ日記」などがある。




vol.16 空虚な愛 はコチラから。


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