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レギュラーコラム 末井昭

[2007年12月07日]
vol.13 ストリーキング

 クインビー時代でいまでもよく覚えているのは、ストリーキングをやったことですね。まだパフォーマンスって言葉がなくて、ハプニングって言ってたと思うけど、身体的表現として素っ裸で街を走ることです。
 ストリーキングをやることになった理由は、「資本主義経済に魂を売ったデザイナーたちがスヤスヤ眠っている真夜中、俺は裸で街を走り、体でアスファルトにイラストレーションを描いてやる」という発想だったんです。当時のノートを見ると、バカみたいにそんなことばかり書いてある。カッコつけたデザイナーたちに逆襲するっていうか、たぶん嫉妬もあったと思いますけど。
 そのストリーキングのことを仲のよかった同僚のカメラマンYに言うと、「俺、写真撮るよ」と言ってくれたんで、俄然やる気になってね。緊張してたのか、インポになっちゃって。
 カメラマンYは立木義浩の「舌出し天使」なんかが好きで、僕と考え方が違うと思っていたけど、同僚の中では唯一芸術がわかる人で、よく話をしたり手紙の交換とかしてました。僕が出版の世界に入ることになったのも、カメラマンYのおかげなんです。
 ストリーキングをやったのは1970年11月25日、午前4時頃。いろいろ準備してたんで遅くなってしまって、真夜中というより明け方になっていて、かなり寒かった。
 まず上野駅前のガード下で服を全部脱いで真っ裸になって、首から数珠をぶら下げてね。御徒町の方に向かって走る。うしろからカメラマンYが追っかけてくる。走るだけならすぐ終わってしまうから、ゴミの中に飛び込んだり、閉まったシャッターによじ登ったり、電柱に登ったり。写真撮られることを意識していたと思います。
 明け方だから人通りは少ないんだけど、酔っ払ったホステスさんらしき女の人から「カッコイイわよ〜」って声をかけられて、ちょっと嬉しかったりして。御徒町の松坂屋のあたりまで走ってきて、近くの植え込みに隠していた看板に使う塗料のネオカラーの赤を頭から被ったんだけど、自分ではわからなかったけど、これはだいぶ迫力あったみたいです。事故にでも合ったみたいだったんじゃないですか? 松坂屋の守衛さんが飛び出してきましたから。
 その状態で道路を転げ回って。自分では道路にイラストレーションを描いてるつもりだったんだけど、人が見れば血だらけの男が悶絶してるように見えたかもしれない。警察に通報されると困るから早めに切り上げて、脱いだ衣服はカメラマンYが持ってくれていたから、とりあえずペンキを被った上から衣服を着て、カメラマンYとタクシーに乗ったんです。タクシーの運転手がビックリしてました。顔中血だらけみたいだったから。
 それで、野方に住んでいたカメラマンYのアパートに行って、シャワーを浴びてウトウトしてた頃かな、三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺したってニュースが流れたのは。だからこの日の日付けをよく覚えているんです。カメラマンYは三島由紀夫が好きだったから興奮していて、僕がやったストリーキングのことなんかどうでもいいみたいになっていたからガッカリしたけど、死を賭けたパフォーマンスに比べれば、僕がやったことはバカみたいなもんです。
 でも、ストリーキングをやったあと、自分が抜け殻みたいになって、そのあとすぐクインビーを辞めたんです。
 その頃は、祐天寺のアパートに引っ越してまして。引っ越したのは作画会に勤めていた頃だったんだけど、その理由は「お兄さん」がストーカーになってYを待ち伏せしたりしてたのと、勤め先が駒込で遠かったことと、Yと一緒に住みたかったからです。引っ越し費用はYが全部出してくれて、晴れて2人で同棲することになったわけ。
 クインビーを辞めたあと、何もすることはなかったんだけど、電話だけは引いたんです。クインビーのときの同僚に、上野のタウン誌を作らないかって言われていて、自分は広告を集めるから僕に取材やデザインを頼みたいって言うんで、その連絡を待っていたんだけど、電話は1回もかかってこなかったですね。
 アパートの1階が双眼鏡のケースを作る町工場になっていて、Yはそこで働いてました。アパートの隣が大家の家で、その町工場は大家さんが経営していて、大家さんの家の2階の物干台で出来上がった双眼鏡のケースを干していたんだけど、アパートの窓を開けるとYがそこでケースを並べている。なんだか自分が情けなくなって、窓を少しだけ開けてYが仕事をしているのを見ながら泣いてました。
 働かないといけないと思って新聞の募集欄を見ていたら、あったんです「自宅で出来て高収入」の広告が。代々木にあるその会社に行ってみると、来ているのは中年の女性ばかりで、場違いな感じがして恥ずかしかったですね。ガラスに絵の下描きを写して、裏から金箔を貼って、クラシックカーやヒョータンやらの飾り物を作る仕事で、そのやり方を聞いて材料を貰って帰ってきたんです。
 仕上がった製品を代々木の会社に持って行くと、1枚2000円ぐらいで買い取ってくれるんだけど、慣れないうちはうまく出来なくて、ちょっとでも出来が悪いと買い取ってくれない。全然高収入にはならないわけ。
 その頃、Yのお父さんが新潟から出てきてアパートに泊まったんです。お父さんに会うのはその時が初めてでね。僕がガラスに絵を描いているのを見て、「それはいくらになるのか?」とか聞くわけ。恥ずかしくて。どうしようもない男とくっ付いたと思ってたんじゃないですか?
 金箔っていうのは1枚何十銭かで、すごく安いんです。1枚だと穴だらけだから何枚も貼って、その上からペンキを塗る。ガラスの表から見ると、まるで金のように見えるんです。この技術を使って、質屋とか不動産屋のドアのガラスに金文字を描いたら儲かるんじゃないかと思って、祐天寺界隈を回って営業したんです。そうしたら質屋の仕事が取れて。「1文字いくらだ?」って聞くから「3000円です」って言うと「高い」って言われました。「でも金ですから」と言うと「金ならしようがないな」ということで、5文字描いて1万5000円もらったのかな。「これは儲かる」って思いましたね。でも仕事が取れたのはその質屋1軒だけ。
 そんなとき、電話がかかってきたんです。クインビーの同僚からではなく、上野クインビーでマネージャーをしていた人からで、いま池袋のピンクサロンで店長をしているけど、看板描いてくれないかって。
(聞き書き:松田義人)


末井さん近況
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会社の日常。今日は『らくらく台湾一周旅行』の著者・松田義人君がチラシの発送に来た。年末台湾に行こうと思っている方はぜひこの本を参考にしてください。



イベント情報

■12月24日(クリスマス・イブ)原宿・リトルモア地下にて南伸坊さん、上杉清文さん、河井克夫さんと「渡辺和博展・ホーケー文明のあけぼの」のトークショーがあります。展覧会は12月7日〜25日。(20:00〜)

■12月25日(クリスマス)Asagaya/Loft Aにて西原理恵子さんとのトークショー「愛のドロドロ 金のボロボロ」があります。ペーソスも出演。(19:30〜)



末井昭(編集者)
1948年・岡山県生まれ。白夜書房・編集局長。キャバレーの看板描き、デザイナー、イラストレーターなどを経て編集者に。現在はサックスに夢中。主な著書に「素敵なダイナマイトスキャンダル」「絶対毎日スエイ日記」などがある。



vol.12 フェラチオ・ポスター はコチラから。


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