[2007年10月11日]
vol.5 工場で働きたい
中学のときに、岡山の水島工業地帯を見学に行ったんですよ。石油コンビナートのクネクネしたパイプとか、モクモク煙を吐く煙突とか見て「わあー、カッコいー」と思って、中学校を卒業したら絶対こういうとこで働こうと思いました。山ばかり見て育ったから、工場がバラ色の近代の象徴みたいに見えたんですね。
ところが中学3年のとき、担任の先生がわざわざ家まで来て「末井君を高校に行かせてもらえないか」って父親に言うんです。学校で成績が一番良かったから、将来は大学まで行って欲しいって思ってたんじゃないですか?
先生がそこまで言うのならということで、日本育英会から奨学金を借りることにして、高校に行くことにしたんです。工場に勤めるつもりでいたから、一番近い工業高校を受けたんだけど、学校の名前を言うと先生はガッカリしてました。いまでいう偏差値の低い学校だったもので。
僕が行ったのは機械科。機械の設計を習ったりするのかと思っていたら、鋳物と旋盤と溶接を習うところで、学校に行くと作業着に着替えて溶接やったりするんです。その高校には普通科もあって、普通科の女の子が僕らを白い目で見ているような気がして、女の子と話す機会なんか全然なかった。同級生の中には組に入ったのもいて、菱形マーク入りのドスを持ってきて見せびらかしたりする。えらいところに入ったって思いましたね。
でも僕は不良にも受けが良かったんです。成績がいいから学級委員長をやってたんだけど、テストのとき、勉強できない不良に答案用紙をこっそり見せてあげたりしてました。あとでお金もらってたけど。そのころから経済観念だけは発達してたんです。
クラブ活動は、もうヤケクソで柔道部に入りました。普通科の女の子たちがテニスをやってるグランドを、柔道着を着て裸足でワッセワッセと走るんですけど、女の子たちに冷たい視線で見られているような気がして。練習をあまりやらなかったから、背の小さい下級生に投げ飛ばされたりしてカッコ悪かったです。
アルバイトするようなところはなかったけど、1回だけ同級生に誘われて夏休みに大阪の小さな工場で働いたことがあります。同級生の親戚がやってる工場で、その同級生は何回も大阪に行ってるみたいで、「大阪の女は綺麗じゃぞ」と言うから行ってみたくなって。そしたら確かに綺麗な女の人が歩いている。卒業したら絶対大阪で働こうと思いましたね。
(聞き書き:松田義人)
末井さん近況

パチンコのやり過ぎ(花の慶次)で腰痛が悪化。治療院に通う日々です。
末井昭(編集者)
1948年・岡山県生まれ。白夜書房・編集局長。キャバレーの看板描き、デザイナー、イラストレーターなどを経て編集者に。現在はサックスに夢中。主な著書に「素敵なダイナマイトスキャンダル」「絶対毎日スエイ日記」などがある。
末井昭
プロフィール
編集者
1948年・岡山県生まれ。白夜書房・編集局長。キャバレーの看板描き、デザイナー、イラストレーターなどを経て編集者に。現在はサックスに夢中。主な著書に「素敵なダイナマイトスキャンダル」「絶対毎日スエイ日記」などがある。
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