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レギュラーコラム 末井昭

[2007年09月14日]
vol.1 僕にはお金っていう概念がなかった

 子供の頃、お金ってものが世の中にあることを知らなかったんですよ。
 僕が生まれて育ったのは岡山県の山奥の村で、食べ物は自給自足だったし、町からたまに自動車で物売りが来るんだけどみんな米で買ってましたから。
 食べ物といえばイノシシね。村に共同で作ったイノシシを捕る柵があって、柵の中にイモを植えておくわけ。夜中にそのイモを食べようと、イノシシが柵の中に入ってくる。すると入口がバタンと閉まる仕掛けがしてあって、イノシシは柵の中で走り回っている。次の日半鐘がジャンと鳴って、村中の人が集まってくる。お祭り騒ぎです。
 イノシシはウリボウも連れてくるから、一気に5、6頭捕れるんです。それを河原でさばいて、みんなの家に均等に分ける。その晩はどこの家もイノシシのすき焼きなわけ。
 言語? 何を言ってんですか、もちろん日本語ですよ。方言だったけど。情報? 情報はラジオ。わが家は貧乏だったけど、ラジオだけはあって、浪曲とか落語や漫才を聴いてました。不思議だったのは、パチパチパチっていう拍手の音。拍手って知らなかったから、なんの音だろうと思って。おそらく出演者が巨大なソロバンみたいな車に全員乗って「それではまた来週!」って帰っていく音だろうって思ってましたね。
 お金というものを薄々知ったのは、母親が家に帰ってきてからです。母親は肺結核で町の病院に入院していたんだけど、もう治らないから家に帰ってきた。
 結核は贅沢病とか言われていて、とにかく食べ物の贅沢をする。町まで買いに行っていたのか、町から来る物売りから買っていたのか、肉や魚をよく買ってきて食べてました。そのお裾分けで僕も贅沢できたんだけど。刺身ってものを初めて食べたのも、母親と生活するようになってからですね。
 母親の贅沢は食べ物だけじゃなくて、洋服やら化粧品やらもよく買ってました。お金がないから、少しあった田圃や畑も売ってしまって、米の自給自足もできなくなったんです。 (聞き書き:松田義人)


末井さん近況
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 初めまして。頻繁にアップしていきたいと思っていますのでよろしくお願いします。この夏は四国と尾道に行きました。


末井昭(編集者)
1948年・岡山県生まれ。白夜書房・編集局長。キャバレーの看板描き、デザイナー、イラストレーターなどを経て編集者に。現在はサックスに夢中。主な著書に「素敵なダイナマイトスキャンダル」「絶対毎日スエイ日記」などがある。


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