[2009年06月10日]
vol.16
これは私が小学校2年生の頃の話だそうだ。
この頃、私の母は大病を患っており、家にいてもほとんど床についている状態で、たまに起きて居間にいるときでもとてもとても辛そうな顔をしている、そんな感じでした。
そんな、ある日のことです。この日は遠足に行くことになっており、お弁当を持っていかなければならないのです。本来なら遠足なんて、子供にしてみたら、待ちに待った! なんならフライングしてでも行きたい! 気の早い子なら、1週間も前からリュックサックにお菓子や水筒、そして、お母さんに頼みこんで、わざわざお弁当を作ってもらい、目一杯、ワクワクと共に詰め込んで、庭先、ベランダ、はたまた、玄関、お父さんの膝の上。まぁ、思いつく所、思いのままにリュックから中身を取り出し広げて、1人遠足を満喫していたに違いない。
だけど、ウチは母がそんな状態だったもので、朝も晩も父が食事の用意をしていたのです。今思えば、仕事をしながら、そして、母の看病をしながら、私のために食事を用意してくれたのですから、感謝しなければならないのですが、正直言うと、美味しくなかったのです。父は母の体のことを気遣って、食事は薄味で、野菜中心で、大人になった今の私なら、美味しく、むしろ喜んで食べたのでしょうが、子供の私には、味のしない、キライな物ばかり並ぶ、そんな食卓だったのです。でも私は(自分で言うのもなんですが)、そのことを父に言うこともなく、母にも食事についての小言を言わなかったそうです(エライ! なんて!)。でも、やはり、たまに友達の家に行って、夕食をご馳走になると、食卓には、ウチには並ばないものが沢山でてくるのです。あま〜い、あま〜い、フワフワの卵焼き。子供用に作られた、小さくてかわいいハンバーグ。そしてウチの食卓には並ばなかった、唐揚げ。テレビでしか見たことがなかった、ピザ。そして、そして、味のしない味噌汁じゃなくて、コーンスープ。など、など、など………。それで、何を思ったのか、感じたのか、私はこの日、遠足には行かず、いつも遊んでいる神社の裏の境内に隠れていたのである。
朝は、元気に「行ってきまーす!」と、父と母に言って、父の作ってくれたお弁当の入ったリュックを背負って、なんでもない顔つきで家を出て行ったそうだが、私はきっと遠足に行くと決まった日から、なにかを企み、そして遠足の当日、実行したのだろう。
そう、本当に、本当に、一生懸命してくれた父に申し訳ない、そして失礼なことをしたと、今は思うが、子供の私にとっては、家では母のこともあるし、我慢できたんだと思うが、父の作る食事、そう、お弁当をみんなの前で広げるのが、どうしても、どうしても、イヤだったんだろう。だから私は隠れたんだろう。境内の裏に。どうしてもイヤだったんだろう。みんなのお弁当は、きっとキラキラしていて、みんなも、それぞれのお弁当を見せ合いながら、そして、そして、交換っこなんかしちゃったりするのだろう。それに比べて私のお弁当は、見た目は、よく言えばシックで、みたいな………。いや、見た目については、まだ、なんとか、なんとか誤摩化すことは出来たとは思うのだが………。問題は、味だ。もし、交換っこってことになったら………。子供の私にも、そうなったら何をみんなに言われるか、簡単に想像がついたのだろう。
私は「遠足だから、遅れちゃダメだから〜」と、みんなに見つからないように、みんなの登校時間よりも早く、家を出たのであった。多分、そういうことだったんだと思う。
だが、これが大きなというか、問題を起こしてしまうことになったのだ。そりゃそうだ。子供は、家を出れば学校に、遠足に無事行ったと親が思うと思っていたが、連絡もなしに登校してないとなれば、ましてや、遠足となれば「今日はどうかなさいましたか?」ぐらいの電話を学校はしてくるだろう。そして、してきたのであった。そして、誰にも見つからず、境内の裏のカギの壊れていた物置みたいな小屋に無事にたどり着き「ヨシッ、成功!」と言ったかどうかはわかりませんが、そのころ、ウチでは大騒ぎだったのです。しかも父は既に仕事に出かけており、床で休んでいた母がやっとの思いで電話を取ったそうだが、その電話の内容に、様態の悪い母も、「さすがにあの時は飛び起きたわよ。」と言っておりました(本当に、本当に、すみません。でした。)。とは言っても、母は外に出て私を探しまわるほどの元気はもちろんなかったので、急いで父の会社に電話をして、出社したばかりの父を呼び戻したそうだ(本当に、本当に、迷惑な娘ですみません。でした……。)
もう、それから父は、本当に大変だったと思います。あっちを探し、こっちを探し、下手すりゃ、家のどこかにいるんじゃないかと、家中を探しまわり、学校に行ってみても、私はやはりいないし。父は、これはもう仕方ないと思い、警察に捜索願いの電話までしたそうです。それでも父は、何度も、何度も自転車に乗りながら、キコキコ、キコキコ、登下校の道を、公園を、沼を、川を、私が1人で行けそうにない所までも、キコキコ、キコキコ、キコキコ、キコキコ。大声で私の名前を叫びながら、漕ぎまくり続けていたそうです。キコキコ、キコキコ。キコキコ、キコキコ………。
そんな風にしていて、父が探しまわっていると、神社の鳥居のあたりで、数匹の野良猫が「ミャー、ミャー」と鳴きながら、集まっているのが見えたそうです。「なんか、うまいもんでも見つけたか〜。」そう思いながら、その野良猫たちの横をキコキコ通りすぎようとしたとき、父は見覚えのあるものを見つけたのだ。「アレ〜!」そうなのだ、そうなのだ。それは、今朝、父が私のために作ってくれたお弁当、お弁当のフタ、そっくりだったのである。「シッシッ!」と父は野良猫たちを追い払って、自転車を投げ捨て、急いでそのお弁当箱のフタを拾って、野良猫たちの食べ散らかしたあとを見た。すると、父は突然今までにないような大きな声で私の名前を呼んだそうだ。それは野良猫たちの食べ残しの中に、真っ黒になった卵焼きがあったからだ。分かったのです。父には分かったのです。その真っ黒な野良猫でさえ、もしかしたら、そっぽをむいた卵焼き! 父は自分で今朝作ったものだから分かったのです。いつもは卵を焼くときに、砂糖は全く入れないのだが、今日は私の遠足だからと思い、母の分とは別に、砂糖をたっぷり入れ、焼いた、卵焼き。ただ、砂糖を入れて焼いたことがなかったもので、全然うまく焼けず、何度も何度も作り直した卵焼き。火加減が全然分からず、どうしても、どうしても黒くなってしまう、卵焼き。その中でも、一番マシなものをお弁当にいれたのだが、どうみても、黒い卵焼き。父はピンときた。「ここだ!」お弁当のフタを片手に神社の境内に入り、辺りを見回すと、「神社の裏に、私の秘密基地があるのよ〜。すごいでしょう。」と、お風呂の中で話していた私の言葉を思い出し、父は急いで神社の裏手に回った。すると、小さな物置の扉が開いたままになっており、さっき追い払ったと思われる野良猫たちが、その前にウロウロしている。「まさか!」父の頭に一瞬、変な予感がよぎったのだが「でも、まさか。」そう思ってその扉の中を覗いた。すると、どうでしょう、スヤスヤと、そして、イビキを書きながら、私は大の字になって寝ていたそうです。そして、顔も、服も、肘も、膝も、真っ黒になった私を、父は起こさないよう、そおっと抱きかかえ、心配している母が待つ家へ、夕暮れ前に帰ったそうです。
そしてこの一連の話を聞いた母は、辛い体にも関わらず、砂糖のたっぷり入った卵焼きを焼いて、お弁当を作って、リュックサックに入れて、家に着いてもスヤスヤ寝ている、私の枕元に置いてくれたそうで………。そして、スヤスヤ眠り続けた私は、次の日の朝まで起きず、目が覚めたら、ある意味、知らない場所にいたのでビックリしていたようですが、枕元のリュックを見つけ、中を見たら猫たちにあげたお弁当が入っていたので、「アレ〜」と取り出し、フタを開けると、今まで見たことがない、ピカピカで、キラキラした卵焼きが、お弁当の中で輝いていたのです。私は思わず「パパ〜、パパ〜、今日のはスゴイ! スゴク、うまく出来てる〜! 昨日のは、真っ黒で、食べられないよ〜! だから、猫さんたちに、どうぞ〜って、いっちゃたよ〜! ゴメンネ〜! あ〜、猫さんたち、あの卵焼き食べたかな〜!」
これを聞いた父は、もちろん複雑な気持ちだったに違いありません。
そしてこの日、父は仕事を休みにして、そして、私も学校をませて、2人で遠足にでかけたそうだ。
そこは秘密基地、神社の裏にある、父と私の秘密基地。野良猫だけが、本当のことを知っている秘密基地に。
BIKKE(ミュージシャン)
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僕らの知らない小さな僕ら(番外編) はコチラから。

























