[2007年03月02日]
僕らの知らない小さな僕ら vol.3
これは確か、僕が小学1、2年生の夏休みの時の話だそうだ。
その日、お袋が冷蔵庫を開けると、夏場は毎日欠かさずと言っていいほど食べている「ところ天」がないことに気付いたそうだ。
夏の暑い午後に、「ところ天」をすするのを、密かな楽しみにしていたもんだから、軽いというか、かなりというか、ショックだったらしい。あると思っていたものがないのだから、「もう、食べたい!」という衝動は、「ところ天」がある時よりも、更に加速して、いてもたってもいられない状態になって「こっれは、もう、買いに行くしかない!」と、思ったそうだ。
だが、外はギンギンに太陽が照っていて、しかも、まだ歩けもしない小さい子(僕の弟)がいる。まさかこの暑い昼の最中、「おぶって出てくのもー……」と思っていたら、ちょうどタイミングよく、僕が家に帰って来たらしい。しかも、お袋的にラッキーなことに、僕は玄関を開けるなり、
「ねー、ねー、お母さーん。アイスー。もう、暑くて、暑くて、死にそうだよー」
と、大声を出してよがってきたらしい。それを聞いたお袋はシメシメと思い、
「あー、あー、ゴメーン。アイス、もうなくなっちゃったよー」
それを聞いた僕は、ジダンダを踏みながら、
「もうー、なにやってんだよー。これじゃー、意味ないよー、もうー」
と、かなりご立腹だったらしい。だが、次の瞬間、お袋が、
「ねー、お金あげるから、好きなアイス、買ってらっしゃーい」
と、言ったとたん、お袋に飛びついて、
「えー? ホントー!? 好きなの買っていいのー? ヤッター、ヤッター!」
そう言うと、廊下を小躍りしながら走り回りだしたらしい。
そして、アイスを買いに行こうと玄関で靴を履いている僕に、
「ねー、ねー、ついでに、あのー、お母さんがいつも食べてるところ天、あるでしょ。あれも一緒に買ってきてよ。分かるでしょ、いつものやつー」
そう言うと、僕は少し”イラッ”とした口調で、
「もう、知ってるよー。いつものやつでしょ。前も一緒に買い行った時あるから、オレ知ってるよー。もう」
と、お袋にまんまとハメられたのにも気付かず、自慢気に、ハリキッテ近所のスーパーに買い物に出かけたらしい。
その後ろ姿を見てお袋は、「ヨシッ!」とニンマリしたそうだ。
それから、2〜30分後、僕がスーパーから帰ってくると、手には「ところ天」ではなく、アイスとお菓子を持っていたそうだ。それを見たお袋は、
「あれ、どうしたのー! あんた! え〜、アイスはいいとしてー、ところ天は! ところ天はどうしたの?」
そう言われた僕は、子供ながらに切々と、
「スーパー行って、いつもんとこ行って、お母さん食べてるやつ取って、そしたら、アイス選んでー、レジんとこ行ったらー、おばちゃんがー、”100万円”って言っててー、そしたらー、オレ、ダメじゃん、ってー思ってー、アキオ(僕の弟)ちゃんとオレのー、お菓子買ったー」
そう語ると、昼寝している弟の横に何事も、なかったかのようにツカツカ歩いていって、
「はい、アキオちゃん。」
と、お菓子を1つ置いて、もう1つは脇に抱え、家の中をウロウロしながらアイスを食べてたらしい。
だが、お袋は、これでは納得できるはずがなく、
「あんたー、ところ天はどうしたのー、お金足りたでしょう! ねー! ちょっといいから、こっち来なさい!」
そう言われた僕は、トボトボ、お袋の前に座らされ、
「おばさんに何て言われたのー。なに? 100万円って言われたのー? もうーそんなわけないじゃな〜い。んー、もう、いいから、それ食べたら買ってきて。早くしてね! もう、おばさんもイヤーネー」
そして、財布から100円玉を渡された僕は、
「だってー、だってー、100万円だってー。これじゃー買えないよー。おばちゃん、100万円だって、言ってたもーん。これじゃームリだよー、お母さん行ってきなよー」
と、当時、クーラーのなかった我が家で、ドロドロに溶けたアイスの棒を握りしめて、
「だってー、100万円、100万円、100万円……」
と、念仏でも唱えるように何回も何回も、すすり泣きながら繰り返し言ってたらしい(もちろん、当時の僕は、100万円という響きは知っていたと思うが、100万円の価値は分からなかったと思う。ただ、100円と100万円が違うということは分かっていたと思うのだが)。
そして、この日以来、お袋は僕に、
「はい、100万円」
と言っては、時折おつかいに行かせてたらしい。
そして、この話は僕の記憶にはない。お袋から聞くまでは。
BIKKE
プロフィール
1968年生まれ。牡羊座A型。1980年代終盤、渡辺俊美(Vo, G)、川辺ヒロシ(Turntable)らと出会い、TOKYONo.1 SOUL SET結成。自主制作でのレコーディングを行ないながら、様々なイベントに出演。
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