[2007年03月13日]
vol.4
これは私が3、4歳の頃の話だそうだ。
この頃、台所で母親が料理をする姿に、どうやら興味をもった私は、その横で背伸びをして、流し台にしがみつき、その様子を眉間にシワを寄せながらみていたらしい。
ウチの母親が料理をきざんでいる時などはそれを真似て、
「トントントントントントン、トン」
と、しがみついていた右手で、ちょっとフラつきながらも、何もない流し台の上を必死にキザんでいたらしく……。
炒めものをしている時などは、
「シャー、シャー、シャー、シャー」
と、ビミョーな擬音を吐きながら、また真似をしようと、つい、しがみついていた両手を離してしまったみたいで(なぜなら、ウチの母親はフライパンを片手で返すことができず、両手でやるもので)、次の
「シャー」
ぐらいで、流しに頭をぶつけ、鈍い音をさせていたらしく……。
タマゴをかき混ぜているのを見ると、やはり、しがみついていた右手でゴマをするような手つきで流し台の上の一部をピカピカに磨いていたらしく……。
そんな私を見かねた(?)母は、タマゴをかき混ぜるのを、実際にやらせようと思ったのだが……。やはり、事故というか、小さな惨事は起こってしまったらしく……。
タマゴの入った器を母親から渡された私は、居間のほうへ持っていこうとしたのだが、さっきまで、つま先立ちをしていたせいなのか、かなり力んで、流し台にしがみついていたのか、ヨロヨロっとしたと思ったら……、見事に、床でタマゴを割ってしまったらしい。
母親は私が謝るもんだと思っていたら、
「見て! 見てー!」
と、片付けようともせずに、床に落ちたそのままの状態で、タマゴを屈託のない笑顔で、かき混ぜはじめたらしい。
ある日、いつものように母親が夕食の支度をしていると、いつも横にいる私の姿が見当たらないので、一旦、手を休めて家の中を探したらしい。すると、玄関の下駄箱の上に置いてある金魚鉢を、ジーッと見つめていたそうだ。まぁ、エサでもやるんだろうと、そのまま声もかけずに戻ろうとしたのだが、急にトイレに行きたくなったようで、トイレに入ったそうだ。用をすませ玄関をのぞくと、私の姿が見当たらない。どこへ行ったのか、と思っていたら、台所で当時の小さな私の背中越しに、フライパンらしきものを発見したそうだ。母親は慌てて私に近寄って、フライパンを取り上げると、な、なんと、さっき、ジーッと見ていた、名前までつけて可愛がっていた、プクちゃん(もちろん、金魚なわけで)が、真っ黒のフライパンの中央に、ペタッと横たわっていたそうだ。しかも、よく見ると、塩らしきものがふってあったらしく……(実際は、私がよく舐めて怒られていた砂糖だったようだが)。そう、私はまさに今、プクちゃんを焼こうとしていたようだ。母親が、
「なんで、そんなことするの? プクちゃんが可哀想でしょ」
と、フライパンに打ち上げられたプクちゃんを、手に取って私に見せたのだが、
「だって、パパが、こういうのじゃなくって(私が手で、切り身の形を表していたらしい)お魚の形がしたやつ、食べたいなぁーって。ウチは、いっつもこれだなーって(当時、ウチは魚といえば、鮭の切り身だったそうだ。と言うのも、ウチの母親が魚をいじるのが苦手だったようで)」
そう言われた母親は、怒ろうと思っていたようだが、
「あら、そう。ん〜。じゃあ、プクちゃんのことは、パパに内緒にしておくから〜、もう、こんなことしたら、ダメだからね」
そして、この日以来、ウチの食卓にあがる魚は、鮭の切り身だけではなくなったようだ。とはいっても、メザシやシシャモ、頑張ってもサンマ、だったそうだ。
そして、この話は母親に聞くまで私は知らなかった。
この話の最後に、
「あんたさー、シシャモを見て、時々、プクちゃんみたーい。って言うからさー。もう、なんだかなー……」
と、ちょっぴりうなだれていた。
[2007年03月02日]
vol.3
これは確か、僕が小学1、2年生の夏休みの時の話だそうだ。
その日、お袋が冷蔵庫を開けると、夏場は毎日欠かさずと言っていいほど食べている「ところ天」がないことに気付いたそうだ。
夏の暑い午後に、「ところ天」をすするのを、密かな楽しみにしていたもんだから、軽いというか、かなりというか、ショックだったらしい。あると思っていたものがないのだから、「もう、食べたい!」という衝動は、「ところ天」がある時よりも、更に加速して、いてもたってもいられない状態になって「こっれは、もう、買いに行くしかない!」と、思ったそうだ。
だが、外はギンギンに太陽が照っていて、しかも、まだ歩けもしない小さい子(僕の弟)がいる。まさかこの暑い昼の最中、「おぶって出てくのもー……」と思っていたら、ちょうどタイミングよく、僕が家に帰って来たらしい。しかも、お袋的にラッキーなことに、僕は玄関を開けるなり、
「ねー、ねー、お母さーん。アイスー。もう、暑くて、暑くて、死にそうだよー」
と、大声を出してよがってきたらしい。それを聞いたお袋はシメシメと思い、
「あー、あー、ゴメーン。アイス、もうなくなっちゃったよー」
それを聞いた僕は、ジダンダを踏みながら、
「もうー、なにやってんだよー。これじゃー、意味ないよー、もうー」
と、かなりご立腹だったらしい。だが、次の瞬間、お袋が、
「ねー、お金あげるから、好きなアイス、買ってらっしゃーい」
と、言ったとたん、お袋に飛びついて、
「えー? ホントー!? 好きなの買っていいのー? ヤッター、ヤッター!」
そう言うと、廊下を小躍りしながら走り回りだしたらしい。
そして、アイスを買いに行こうと玄関で靴を履いている僕に、
「ねー、ねー、ついでに、あのー、お母さんがいつも食べてるところ天、あるでしょ。あれも一緒に買ってきてよ。分かるでしょ、いつものやつー」
そう言うと、僕は少し”イラッ”とした口調で、
「もう、知ってるよー。いつものやつでしょ。前も一緒に買い行った時あるから、オレ知ってるよー。もう」
と、お袋にまんまとハメられたのにも気付かず、自慢気に、ハリキッテ近所のスーパーに買い物に出かけたらしい。
その後ろ姿を見てお袋は、「ヨシッ!」とニンマリしたそうだ。
それから、2〜30分後、僕がスーパーから帰ってくると、手には「ところ天」ではなく、アイスとお菓子を持っていたそうだ。それを見たお袋は、
「あれ、どうしたのー! あんた! え〜、アイスはいいとしてー、ところ天は! ところ天はどうしたの?」
そう言われた僕は、子供ながらに切々と、
「スーパー行って、いつもんとこ行って、お母さん食べてるやつ取って、そしたら、アイス選んでー、レジんとこ行ったらー、おばちゃんがー、”100万円”って言っててー、そしたらー、オレ、ダメじゃん、ってー思ってー、アキオ(僕の弟)ちゃんとオレのー、お菓子買ったー」
そう語ると、昼寝している弟の横に何事も、なかったかのようにツカツカ歩いていって、
「はい、アキオちゃん。」
と、お菓子を1つ置いて、もう1つは脇に抱え、家の中をウロウロしながらアイスを食べてたらしい。
だが、お袋は、これでは納得できるはずがなく、
「あんたー、ところ天はどうしたのー、お金足りたでしょう! ねー! ちょっといいから、こっち来なさい!」
そう言われた僕は、トボトボ、お袋の前に座らされ、
「おばさんに何て言われたのー。なに? 100万円って言われたのー? もうーそんなわけないじゃな〜い。んー、もう、いいから、それ食べたら買ってきて。早くしてね! もう、おばさんもイヤーネー」
そして、財布から100円玉を渡された僕は、
「だってー、だってー、100万円だってー。これじゃー買えないよー。おばちゃん、100万円だって、言ってたもーん。これじゃームリだよー、お母さん行ってきなよー」
と、当時、クーラーのなかった我が家で、ドロドロに溶けたアイスの棒を握りしめて、
「だってー、100万円、100万円、100万円……」
と、念仏でも唱えるように何回も何回も、すすり泣きながら繰り返し言ってたらしい(もちろん、当時の僕は、100万円という響きは知っていたと思うが、100万円の価値は分からなかったと思う。ただ、100円と100万円が違うということは分かっていたと思うのだが)。
そして、この日以来、お袋は僕に、
「はい、100万円」
と言っては、時折おつかいに行かせてたらしい。
そして、この話は僕の記憶にはない。お袋から聞くまでは。

























