[2007年02月01日]
僕らの知らない小さな僕ら vol.1
これは確か、俺が幼稚園の年長になったばかりの話だそうだ。
いつもと同じぐらいの時間に家に帰ってきた僕は、カバンを置き、制服を着替え、外に遊びに行こうとしていたのだが、その日はいつもとなにか様子が違ったようなのだ。その感じを察知したお袋が、
「どうしたの? あんた、なにかあったの?」
と、僕に聞いたそうだ。そしたら、モジモジ、ソワソワ、しながら、
「あのー、あのー、今日、先生が、あのー、もうお、年長さんになったんだから、お家に帰ったら、今日からママって呼んじゃ、駄目ですよって。お母さんって、呼びなさいって」
と、言ったそうだ。そしたら、お袋が、
「そうーね。あんたもお兄ちゃんになったんだから、今日から、お母さんって呼びなさい。ねー。先生も、そう言ってたんでしょうー」
って。
そしたら、その日、たまたまお袋がクッキーを焼いていて、これだ! と、思ったらしく、
「あんた、お母さんって呼ばないと、クッキー、あげないわよ! 全部、和美(僕の妹。まだ当時、1歳ちょい)に、あげちゃうからねー」
って言ったら、どうやら、その時の僕は「お母さん」って、呼ぶのが恥ずかしかったのか、なんなのか、急に台所から立ち去り、一旦家の外に出て、しばらくしゃがみこんで、庭に敷きつめてあった砂利を積み上げながら、考え込んでいたらしい。
そんな感じでいたら日が段々かたむきはじめてきて、何を思い立ったのか、(その時のお袋の考えでは、多分、クッキーの焼ける匂いに負けたのだろうと)急に勢いよく家の中に入ってきて、なにかしようと思って、ちょうどしゃがんでいたお袋の背中に僕は飛びついたらしい。お袋は、「なに、なに、この子はー。夕飯の支度もあるのにー」と思ったのだが、一言。物凄く小さな声で、ささやくように、お袋の耳に口をあてて、
「お母さん」
って、言ったそうだ。その言葉をお袋は聞き取れたそうなのだが、あまりにも小さい声だったのと、突然なことだったので、
「えっ、なーに?」
と、聞き返したらしい。でも、その時の僕は、どうやら、やっぱり、恥ずかしかったのか、お袋の背中から、「パッ」と離れて、また外に出ていってしまったそうなのだ。
そして、その後、クッキーが焼き上がるまで、家の外に出ちゃぁー、砂利を積み上げ、家の中に入って来ちゃぁー、お袋のそばまで寄るのに、目を合わせず。また逃げるように外に出ちゃぁー、今度は砂利の山を蹴散らして。また家の中に入って来ちゃぁー、お袋のケツを叩くも、目を合わせず、また逃げるように、、、、、。てなことを、何度も何度も繰り返していたらしい。
そして、いざ、焼き上がったら、クッキーが置かれたテーブルの前に正座して、なにごともなかったかのように、両手にクッキーを持って、交互にパクついていたそうだ。そして、お袋が夕飯の支度のためにちょっと席を立とうとしたとき、まだ、言葉の喋れない、わからない小さな妹に向かって、
「今日から、ママって言ったら駄目だよ! わかる? 和美」
と、続けて、
「ママって言ったらねー、クッキー食べられないんだよー!」
と、言いながら、小さな妹の口に、クッキーを押し込んでいたらしい。
そして、数年前まで僕は、お袋のことを、お母さんと呼んでいた。そして、この話は、(ママ→お母さん)僕の記憶にはない。お袋から聞くまでは。そして、お袋はこの話の最後にこう言っていた。
「あの頃、西日のキツい家だったけど、あの日の西日は、憶えてるわー」
と。
BIKKE
プロフィール
1968年生まれ。牡羊座A型。1980年代終盤、渡辺俊美(Vo, G)、川辺ヒロシ(Turntable)らと出会い、TOKYONo.1 SOUL SET結成。自主制作でのレコーディングを行ないながら、様々なイベントに出演。
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