ロックンロールニュース


レギュラーコラム BIKKE

[2010年06月11日]
vol.22

100611_bikke.jpg これは確か、私が小学2年生の頃の話だそうだ。


 父は仕事の関係上、単身赴任をしており、家に帰ってくるのは3ヶ月に1度、2・3日家にいて、また赴任先に戻ってしまう、そんな感じでした。 母も仕事をしており帰宅するのは夕方6時ごろで、つまり私は俗に言う鍵っ子でした。 なので、学校の授業が終わったあとは、大抵学童保育に行ったり、近所の公園や神社で友達と遊んだり、時には誰もいない私の家に友達を呼んで、母が帰ってくるまで時間を潰していました。


 そうなんです。 私は時間を “潰して” いたのです。 あの頃は自分の気持ちがよく分からなかったけど、父は家におらず、母も学校が終わっても家にいなくて、私はただただ寂しかった。 本当に寂しかった。 成人して、1人暮らしをするようになって、あの頃のメチャクチャな感情が、なんとなくですけれど、整理できて分かったような気がします。


 そんな中、私の記憶からは消えていたのですが、今の自分からするとゾッとするような、オカシな行動をとったことがあったらしいのです。


 帰宅しても、父と母がいないのを心配してくれていたのでしょう、近所に住む母の姉(マーちゃん)が、時間があるときには家にきてくれて、晩ご飯の支度をしながら私の話し相手をしてくれたり、一緒に絵を描いたり、宿題をみてくれたり、テレビを観ながら、一緒にうたた寝しちゃったり……。 マーちゃんは、本当の母のように私に接してくれていました。 ちなみにマーちゃんは画家さんなので、時間がわりと自由に使える人。 だけど、大切なマーちゃんの時間を私のために使ってくれたのだから、今になって本当に感謝しています。


 そして、マーちゃんは画家さんなので、やはり私と一緒に絵を描く時が一番楽しかったようで、お鍋が噴いていても全く気にならず、焦げ臭い匂いに気づいてやっとお鍋の火を消しにいく、そんな感じだったようです。 そしてある日、マーちゃんは私の描く絵を見て、ふとこんな事を言ったそうです。


「ねぇ~、ねぇ~。 かずちゃん(私の名前)は、絵を描いてて楽しい?」

「うん。 別に。 楽しいけど」

「それなら、全然いいんだけどねぇ~」

「うん。 楽しいよ~。 だって、私が描く絵を見て、ママが喜ぶも~ん」

「ふ~ん。 そうなんだぁ~。 ママ、なんて言ってる~?、絵、見て」

「え~、ママが 『カワイク描けてて、嬉しい~!』 って言ってるよ~」

「どれどれ~? どの絵、見て喜んでたの~? 見せて、見せて~!」

「え~、いいよ、いいよ~。 見なくていい~よ~。 だって、そんなにカワイクないも~ん」

「うっそ~! そんなことないよ~! お願いだから見せて、見せて~! いいでしょ! いいでしょ!」


 あまりにもマーちゃんが言ってくるので、箱の中に入っている、沢山の絵から、ママがカワイイと言ってくれた絵を取り出した。 そして、その絵を私は首をかしげながら、マーちゃんに見せた。

「へぇ~、どれどれ~。 おぉ~、カワイク描けてるじゃ~ん! ふ~ん、いいじゃん! いいじゃん! いいじゃん! こりゃ~ママ喜ぶわなぁ~!」


 そんなマーちゃんの言葉には耳も貸さず、私はテレビをつけて、ボケーッと見始めた。 すると、マーちゃんがその絵を持って、私の目の前に突き出した。

「あのさ~、かずちゃん。 こっちの怪獣みたいなやつ、これって何? マーちゃん普段、テレビとかあんまし見ないから分かんないんだけど、なんかのマンガとかに出てくるやつ? ん~と、これこれ、こっちのやつ~」

私はその絵をチラッと見て、

「あ~、それ~。 それね~」

 そう言うと、私は突然立ち上がり、キッチンに向かい、引き出しを開け、何やらゴソゴソと何かを探し始めたのだ。 そして、私は引き出しから2本フォークを取り出し、マーちゃんの側に歩み寄って、

「ね~、マーちゃん、見ててね~! ほら~、その怪獣の首のところと、お腹のところにフォークが刺さっているでしょう! それは絵だけど、本当にやってみるから、見ててね~!」

私は今まで見せたことのないような笑顔で、一本のフォークを突然お腹に刺そうとしたのだった。 マーちゃんは、何が急に目の前で起こったのか分からなかったが、私に飛びかかり、抱きしめ、

「なにやってんの! どうしたの! どうしたの~!」

人生で、最初で最後の一番大きな声を出したそうだ。


 しばらくの間、マーちゃんと私は床に抱き合ったままじっとしていた。 だが、しばらくするとマーちゃんの腕の力が段々と弱くなった。

「かずちゃん、かずちゃん。 大丈夫?大 丈夫? ん? 怪我なかった?」

そう言うと、マーちゃんは私から手をゆっくりと外し、ニッコリ笑った。 でも、次の瞬間、その笑顔は段々崩れだし、マーちゃんはゆっくり深呼吸をし、

「ごめんね~、かずちゃん。 ごめんね~。 ちょっ、ちょっといいかなぁ~」

私の肩をトントンと叩くと、ゆっくり立ち上がり洗面所のほうに歩いて行った。 私は、自分が何をしたんだか、何が起こったんだか……。 ただ、マーちゃんに抱きしめられながら、一瞬寝たような、夢を見たような……。


 何が何だか分からぬまま、つけっぱなしのテレビを、床に転がりながらボーッと見ていると、

「かずちゃ~ん、かずちゃ~ん。 ごめんね~。 ごめんね~。 ばんそうこう~。 あ~、薬箱ってどこにあるかなぁ~」


 私は、その声がテレビからしてるのか、どこからしてるのか、本当にボーッとしていたみたいで分からないくらいだったんだけれど、ふと気付くと、手にフォークを握っているのに気付いた。 と、同時に、もう1本のフォークが無いことに気付いた。 そして、声がしてきたのがテレビではなく、洗面所からで、マーちゃんの声だと分かった。 私は 「はっ!」 と思い、急いで立ち上がり、洗面所へ走った。 すると、お腹を抱え洗面台の前でうずくまってるマーちゃんがいた。 マーちゃんは私のほうにゆっくり振り返り、またニッコリと笑って、

「もう~、かずちゃんがふざけてフォークなんて持ってくるから~。 ちょっとお腹にね~。 でも、大丈夫よ~。 ほら、こっちに来て~」


 マーちゃんはお腹を片手で押さえながらも、ゆっくりと静かに私を抱き寄せ、うつむく私の頭にほっぺたをすりよせ、

「かずちゃん…なんかあったの~。 よかったら、マーちゃんに聞かせてくれない…。 ん~、今じゃなくてもいいから…ねっ。 今日のことは2人の秘密にしておくし…。 もうすぐママが帰ってくるし…。 そしたら、いつもみたいに、元気にごはん食べよう。 マーちゃんはちょっとお腹痛いから、先に帰っちゃうかもしれないけど…。 とにかく今日はごはん食べたら早く寝てね。 ん~、なんかあったらマーちゃんちに電話してきてもいいよ。 でも長く話すと寝れなくなっちゃうから、ちょっとだけよ。大丈夫かな?」

そう言うと、私の顔を優しく撫で、お腹を押さえながら、玄関を後にしたのだ。


 そしてマーちゃんが帰って間もなく、母が帰ってきた。 母は仕事の荷物を置くなり、台所に向かい夕飯の支度を始めようとすると、

「あら~、マーちゃん来てた~? かず~、マーちゃんどうした~? なんか料理が途中みたいな感じで…。 マーちゃん来たよね~?」

「あっ、マーちゃん!」

そう言いかけたとき、マーちゃんとの約束を思い出した。 私は小さく首を小刻みに振って、

「あ~マーちゃん。 マーちゃん居たけど、なんか急な用事があるとか、なんとか言って、さっき急いで帰っていったよ~!」

「え~、なに~? テレビの音がうるさくて、聞こえな~い! なになに、こっち来て~!」

私は、なんかいけないことをしている、ウソをついている、そう思いながら台所に向かった。 そして、2・3歩、歩くと、

「イタッ!」

さっき私が台所から持ってきたフォーク。 フォークを踏んだのだ。 痛かったけど、母に見つからなくて良かった、と思いながらも、このフォークをどうしたらよいかと…。
すると、 「トゥルルル~、トゥルルル~!」 電話が鳴ったのだ。

「かずちゃ~ん! 今、手放せないから、電話取ってちょうだい! おねが~い!」

「は~い!」

母に言われるまま、そしてフォークを握ったまま、急いで私は受話器を握った。

「はい、もしもし!」

電話の相手はマーちゃんだった。


「あれ? かずちゃん? ん~大丈夫? ママ帰ってきた?」

「…うん、帰ってきた」

「そう…。 ママとなんか話した?」

「…うん、うん、まだ…」

「夕飯の支度、途中で出てきちゃったけど…。 ママなんか言ってた?」

「ん…、分かんない」

「ん…、そっか。 あの~、ママとちょっと電話代わってもらってもいい?」

「ん…、うん。 分かった~」

私は受話器とフォークを握ったまま、

「ママー! ママー! マーちゃんから電話~!」

「ハーイ! 分かった分かった~! もう少しで料理終わるから、ちょっと話して待っててもらって~!」

私は再び受話器を耳にあて、

「あの~、ママ、料理してるから~、あの~、ちょっと待ってて下さいって~」

「うんうん、電話口から聞こえた~。 …そっか~。 ん~どう? お腹減ってる? ごはんいっぱい食べられそう? ん?」

「ん~、分かんないけど食べてみる。 でも…。」

「ん? どうした?」

「なんか、いつも残しちゃうの。 お腹は減ってるんだけど、残しちゃうの…。」

「ん~。 どうしてかな?なんか、具合悪いのかな? お腹?」

「ん~…。 なんか、パパもずっと居ないし…。 ママもなんか忙しそうだし…。 なんか、なんか…。」

「…そっか~。 でもいいんじゃない、食べられるだけで! 無理しちゃだめよ! そうだ~! 今度パパのところに、マーちゃんと行ってみる? ねぇ~、ねぇ~、そうしない? どう?」

「…ん~、行きたいけど~。 ん~、ママに相談してみないと…」

「そっか! じゃあ、電話代わったらママにマーちゃんから話してみるね! でいいかなっ! ねっ!」

「うん、分かった~。」

「んじゃ! で、ママごはん作るの終わったみたい? どう?」

「う~ん、分かんないけど、聞いてみる。」

受話器を置いて、母のところへ行こうとすると、ちょうど台所のほうから、母がやって来た。

「は~い、お待たせ~! ありがとう!」

受話器を取ろうとする母だったが、私のほうを見て、眉をひそめ、

「ん? あれ? かずちゃん、なにそれ? なんであんたフォークなんて持ってんの?」

私は一瞬ドキッとしたが、ゆっくりと笑顔を取りつくろい、フォークをクルクル回し、

「だってお腹もうペッコペコなんだもん! 早くっ! 早くっ! 早くっ! 食べたいなっ! 食べたいなっ! は~やくしないと死んじゃうよ~! 死んじゃうよ~! 死んじゃうよ~! 死んじゃうよ~!」

と、何故なのか、何なのかよく分からないけど、大声で叫びだしたのだ。 そして知らず知らずのうちに涙を浮かべ、床に泣き崩れてしまったのだ…。

 当然、母はその様子を見て、何のことやら、何が起こっているのか、しばらく呆然としていたが、私の異常な泣き方を見て、急いで受話器を取り、

「ごめんね。 なんか、かずが大泣きして、ちょっとあれだから…。 またかけ直す。 なんか急用だった?ん…、ごめんかけ直す。 また後で!」

母は勢い良く電話を切ると、泣き崩れている私の前にしゃがみ、いつもより優しい声で、

「ん? どうした? どうしちゃったかな~? ん~? そんなにお腹すいちゃってたの~? ごめんね~。 もうできたから、さぁ~食べよう! ママもお腹ペッコペコだわ~! さぁ手伝って~、お皿とかお箸とか、テーブルに出して~! さぁ~、さぁ~、一緒にやろう!」

そう言って立ち上がり、母が台所に向かうのを見届けると、私は…。


 私は両手でフォークを握りしめ、振りかざし、自分のお腹に突き刺したのだ…。


 気付くと、私は病院のベットの上だった。 痛みとショックのせいなのか、全く記憶がない。 目に映るのは、涙を沢山浮かべほほえむ母と、涙をこらえながら、ほほえむマーちゃんの姿だった。

「ごめんね…。 でも寂しかったの…。 私、みんなの邪魔みたいで…。 私は怪獣なの…。 いないほうが、いいみたいで…」

そう言うと、気絶するように、また眠ってしまったのだ。


 この話は、先日マーちゃんが他界する前に、私に宛てた手紙に書いてあったことだ。 「今は大丈夫かい?」と。


 あの頃、私は確かに寂しかった。
今、それが初めて分かりました。




BIKKE(ミュージシャン)
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僕らの知らない小さな僕らvol.21 はコチラから。



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