header_080702_3.gif


レギュラーコラム BIKKE

[2008年03月25日]
僕らの知らない小さな僕ら(番外編)

bikke_080319_016.jpg 今回は、TOKYO No.1 SOUL SET のニューアルバム「No.1」発売スペシャルとして、「僕らの知らない、小さな僕ら」の連載を始めたきっかけ。そして、ニューアルバム「No.1」に収録されている(2008年1月1日にデジタル配信)、「Just another day〜その時まで〜」について、書かせてもらいます。
 2年前の夏、僕は父を亡くしました。
 19歳の時に家を出て、東京で暮らすようになった僕は、ほとんど実家には寄り付かず、正月に顔を出すぐらいだった。それも、昼に帰って、その日の夕方には東京に戻ってしまう、その程度のものだった。そんな僕に、母は何も言わず、父は正月だったせいか、朝から酒を飲んでいたようで、僕が顔を出す頃には、まともに話もできないくらい酔っていた。だから両親と大人?になってから、話をちゃんとしたことがなかった。
 だが、父を亡くし、葬式も終わり、残された母と、初めてまともに話すことが出来た。その内容のほとんどは、父が大酒飲みだったって話に尽きたのだが、どんな流れだったか忘れてしまったが、僕の小さい頃の話を母がし始めた。だけど母の話す話は、僕のことなのだが、僕のことのように思えない。というか、あまりにも小さいころの話なので、僕の記憶にはない。いや、ただ憶えていないだけのようで……。でも母はすごく嬉しそうで、本当に穏やかな顔をしていて……。こんな表情をしている母を見るのは初めてで、父が亡くなったばかりだというのに、我が家にはすごくいい気配というか、空気が流れていた……。
 そして、幾月か実家で母と過ごして、仕事があるため、僕はまた東京に戻った。
 父を亡くした戸惑いと、言い方がおかしいかもしれないが、自分の置かれているポジションが変わった戸惑い。それを抱えながら仕事をし、東京での生活をするなか、ふと過るのは、あの穏やかな母の表情。そして、あの何とも言えない、本当に穏やかな空気。そしてある日、思ったのだ。母のしていた話。つまり、僕の知らない僕の話。そう「僕らの知らない小さな僕ら」の話。これを書いてみよう。そして、この連載が始まったのだった。
 だが、連載するといっても、僕の母の話はいくつもない。だから、友達や知人に連絡して、取材をした。そしてその取材をした最後に、いつもきいていたのが、この話をしている時のお母さんはどうだった? と聞くと、うん、なんか、嬉しそうだった、とか、ニコニコ話していたよ、とか、いやぁ〜、まさか俺が、私が、そんな子供だったとはしらなかった〜、とか、久しぶりに親と話せてなんか良かった〜とか、……。決していい感想ばかりではなかったが、親と話すこと、そういう時間をとれたということが、良かった〜と、ほとんどの人が言っていた。それを聞いて、僕もなんか嬉しくなった。もう文章にすることもないかな〜っと思ったくらいだ。
 本当に、簡単で、申し訳ないのですが、これが「僕らの知らない小さな僕ら」を書こうと思ったきっかけです。
 そして「Jast another day 〜その時まで〜」の話ですが、この歌詞はある日僕がトイレから出ると、ふと「天国に行きたいなぁ〜」と、突然思ったのです。その瞬間まで、死んだらどうなるとか、天国やら地獄やら、そんなことは、一度も意識もしたことなかったが、なんだかそう思ったのです。 それと同時に父が亡くなった日、とても暑い夏の日を思い出した。そして死ぬ直前といっても過言ではないと思うが、酒をヘベレケになるまで飲んで、僕とまともに話すことのなかった父を思い出した。父とは親子の会話を本当にしたことがなかった。そして、愛されていた感覚もなかった。だけど僕には実家がある。小さいけれど父が残してくれた家がある。そしてそこで母は暮らし、僕も暮らしている(去年実家に戻ったもんで……)。そして、母と話す機会も増え、全て満足とは言えないが、幸せだ。そう思うと、これは僕の勝手な想像かもしれないが、父は僕と話すのを拒んでいたのではなく、あえて、そうしていたんじゃないかと思う。そして、最後の最後まで僕に何も言わず、お別れの言葉もなく……。父の最後の愛。死を持って、この僕、このバカ息子に、このろくでなしに、何かを教えてくれたのではないかと……。東京で好き放題に生きて、実家も振り返らずに、一人で生きてきたみたいな顔している僕に。父は体を張って、死をもって、僕に伝えたかったのではないかと……。
「お前は、一人で生きてきたみたいな顔をしているが、母さんや、友達や、その他、お前に関わる、全ての人があって、お前は生きているんだ。だから、お前は、今、そこにいれるのだ。お前、一人の力じゃないんだ。みなさんのおかげなんだ。」
 そう父は、僕に教えてくれた。本当にそう感じた。
 そして、特別なことはないが、ごくごく普通な暮らしをさせてもらっている、このことこそ、今の僕には特別に感じられて、当たり前に飯を食い、寝て、仕事をして、これこそ、この、当たり前ということが、どんなに、どんなに偉大なことか! どんなに凄いか! ありきたりな日常と呼ばれているものが、どんな思いで、誰が作り出しているのか! 本当にありがたいことで、感謝している。父がいたからこそ、僕は、今、こうやっていられる。
 父がいたからこそ、僕ら家族は今までやってこれたのだ。そんな父に、肩を向けて生きてきた僕は、本当に、今、恥ずかしく思う。そして、父には言えなかった。最後の最後まで言えなかった。
「ごめんなさい。ありがとう。」
 そんな思いから「Jast another day 〜その時まで」の歌詞は生まれました。細かい話には触れませんでしたが……。僕にとって、偉大だった。いや、今でも偉大な父。あの大酒飲みだった父は、天国にいるのだろうか? 
「Jast another day」
 偉大な時間を、本当にありがとう。僕は、十分に愛されてきました。そして、十分に愛され続けています。
「ごめんなさい。ありがとう。」
 思い出すのは、あなたの良いとこばかりです。
 近いうちに、みなさんの「僕らの知らない小さな僕ら」聞いて是非、聞いてみたいです。



t1ss_no.1_title.jpgBIKKE(ミュージシャン)

TOKYO No.1 SOUL SET約3年ぶりとなるニューアルバム「No.1」をリリース。当サイト特集ではインタビューを掲載。お買い物ではweb限定トートバックを販売。おみやげでは壁紙配布中! オフィシャルサイトもリニューアル。ツアーも目前に控えますます目が離せません!






reg_icon.jpg