[2008年06月10日]
巨乳王子vol.10

巨乳と絡み合う僕の人生。あらためて言うが、「巨乳」の人生というのは常に困難がつきまとう道である。そしてそれは深い哀しみに満ちた道程だ。「巨乳」であることを切望したわけでもなく、人生の岐路で選択したわけでもない。宿命として受け入れざるを得なかったのである。しかし、それはある種の強制ではない。僕が考えるに、「巨乳」を神から与えられし存在なのだ。「巨乳」における「困難」や「哀しみ」は絶対的なものではない。状況によってそれは対局に位置する「栄光」や「喜び」を生むこともある。要するに巨乳の女性はひどくアンバランスな局面で生きており、清濁併せ呑むことが求められている。ある時は賞賛され、ある時は嘲笑される。人は賞賛とまではいかないまでも、ある一定の評価は得たいと考え、それに向かって何らかの努力をするものだろう。たとえ「普通」という評価でも「嘲笑」や「侮蔑」よりはいい。だが「巨乳」であることをカミングアウトした瞬間、あるいは隠しようがなく悟られてしまった瞬間、すでに「普通」はない。賞賛か嘲笑かという極端な評価のなかで生きていくしかない。巨乳である自分と向き合い、力強く生きていくしかない。問題は「巨乳」と「それを取り巻く社会の在り方」である。言うまでもなく「評価」というのは他者によって下される。賞賛か嘲笑かという極端な評価を下しているのは、僕たちが生きているこの社会である。正確に言うならば、それは「評価」でもなく、「消費」だ。「消費」という観点で人々が位置づけるがゆえに、時勢や彼女たちの年齢といった「時間」が大きな影響を与え、社会全体としてひどく曖昧な向き合い方を作り出してしまう。結果、巨乳の女性たちの人生自体が大きく狂わされることになるのだ。
ちょっと前になるが、ある巨乳アイドルが写真集の出版がもとで在学していた高校を退学処分になり、彼女は処分無効を求め提訴したものの、裁判所から棄却されるという衝撃的なニュースが飛び込んできた。彼女たちにまったく罪はない。社会全体の対応が時に暴力的なほど曖昧なのだ。彼女たちは「普通」を求めて、日々格闘している。
大野ケイスケ(放送作家)
1973年生まれ。放送作家、ライター。TV番組、「新堂本兄弟」、「ミュージックフェア21」、「クイズ!ヘキサゴン」など。ラジオ番組 j-waveOH! MY RADIO(mon)などを担当。































