[2004年04月02日]
恋のナイトフィーバー vol.8

言い古されたことだが、プロ野球の魅力は毎日やっているということだ。
『さらば愛しき女よ』(75)でロバート・ミッチャムが演じた私立探偵フィリップ・マーロウは、ヤンキースのジョー・ディマジオのファンである。ご存じハードボイルド小説の巨匠チャンドラー原作の映画化だが、1940年代という時代設定のムードを伝えるために、マーロウがディマジオのニュースを気にかけているという、原作にはないエピソードをつけくわえたのだった。
「俺も疲れを感じる歳になった。楽しみはジョー・ディマジオだけだ」という渋いモノローグで映画は始まる。1941年、ディマジオは56試合連続安打という不滅の記録を達成した。それをマーロウはリアルタイムで体験していたわけだ。ハードボイルド小説特有の込み入った事件に巻き込まれた探偵は、けだるいそぶりで調査を続けながら、ニューススタンドで新聞を買い、ラジオに耳を傾け、今日もディマジオがヒットを打ったかどうかを確認する。孤独な探偵稼業に生活の潤いを与えてくれているのが、野球なのである。いくつもの死体が転がるだけという虚しい事件の顛末を迎えた後、マーロウの「ディマジオは2人のヘボ投手に押さえ込まれた」というモノローグで映画はカッコよく終わる。
『サマー・オブ・サム』(99)はスパイク・リーが77年のニューヨーク、ブルックリンの空気を再現した映画。77年のニューヨークは、連続殺人犯“サムの息子”が人々を震え上がらせ、大停電が起きて暴動や略奪行為で3700人が逮捕され、スタジオ54にはディスコフリークが行列し、クラブCBGBではパンクスが騒いでいた。そして、77年とはヤンキースのレジー・ジャクソンがワールドシリーズ3打席連続ホームランという偉業を成し遂げた年でもある。
街のピザ屋では「“サムの息子”が使っている銃は44口径だから、犯人はレジー・ジャクソン(背番号44)だ」というジョークが語られ、ジョン・レグイザモが演じるトラボルタ風ファッションの兄ちゃんはディスコで遊びながらバーテンにヤンキースの戦況を聞く。チンピラが結成した自警団は通りでぶつかったパンクスに「野球はどこのファンだ?」とインネンをつけ、「レッドソックスだ」と反抗するパンクスを殴り倒す。若い刑事は街の顔役から「子供の頃の恩を忘れたか? お前にミッキー・マントルのサインをもらってやったろ?」と説教され、相棒の黒人刑事が「最高の野球選手はウィリー・メイズだ」と言い返す(ミッキー・マントルは50年代のヤンキースを代表する白人の大打者で、ウィリー・メイズは同時代にジャイアンツで活躍した走攻守そろった黒人の大選手。ジャイアンツは57年までニューヨークを本拠地にしていた)。
要するにこれはスパイク・リーが黒人ではなくイタリア系にスポットを当てた『ドゥ・ザ・ライト・シング』の変化球バージョンみたいな群像劇である。あれやこれやと人々が小さな醜いイザコザを繰り返しているうちに、それとは関係なく“サムの息子”ことデヴィッド・バーコウィッツは逮捕され、映画はレジー・ジャクソンの劇的ホームランの映像とともに幕を閉じる。
だから何だというのではない。ただ、そういう時代に人々が生きていたということであり、スパイク・リーはリアルな人間を描くのがやはり上手いね、という映画である。そして、人々の生活の後ろにはいつも野球があるということだ。『フィールド・オブ・ドリームス』(89)でジェームズ・アール・ジョーンズが語る「アメリカはばく進するスチームローラー。すべてが崩れ、再建され、また崩れる。その中で野球だけが不変に踏みとどまっている」というセリフと同じである。
そんな風に、メジャーリーグに関する知識は映画の中でしか得たことがない私だったが、まさか自分がヤンキースのニュースを毎日楽しみにしながら生活するようになるとは思ってもいなかった。
巨人V9時代に育った私だが、子供の頃は野球にあまり興味がなく、テレビは野球中継よりドラマやバラエティ番組の方が好きだった。野球をよく見るようになったのは、松井が巨人に入団した時からである。「甲子園5打席連続敬遠」の伝説をひっさげて登場し、ミスター長嶋監督にドラフトのクジを引き当てられるというスターの運命を持った男。一時代を築くに違いないと誰もが太鼓判を押す大選手の成長を、リアルタイムで見ておかなきゃ損だと思ったからである。
そして、すぐに松井のファンになった。日本人選手としては空前のパワーを持った松井のホームランの飛球は、野球シロウトの私でも分かるほど凄かった。ここに技術が加われば前人未踏の選手になると誰もが期待した。松井の最も凄いところは、その期待を裏切らず成長し続けてきたことだ。本塁打数、打率、打点などの数字だけを見れば下がることもあるが、そのシーズンの状況に応じて総合的な内容を評価すれば、「去年よりさらに成長した」と毎年言われ続けている。体が頑強で性格が勤勉な松井は、ゆっくりと着実に進化を続け、常に期待をふくらませてくれる。見ていてこんなに楽しい選手はいない。ファンにならない方がおかしいのだ。
「今日は松井が打った?」と言いながら1年の半分を過ごすようになって、野球の魅力を知った。世のオヤジどもがなぜ野球好きなのかが分かった。面白くない仕事でも続けなきゃいけない大人になってみて初めて、野球が毎日あることのありがたさが分かるのである。まあ、私は仕事もしないで寝てばかりいるのだが、されど松井は今日も頑張っている。
2002年のシーズン終わり頃、松井が初めて50本塁打に達しそうだという喜びの中で、ファンは寂しい気持ちを味わっていた。松井を日本で観られるのは今季限り、来シーズンはメジャーに行ってしまうと噂されていたからだ。私は酒に酔うたびに「他の選手みたいに“自分の夢にチャレンジしたい”なんてコメントじゃ納得しないぞ。日本を代表する選手としてアメリカに行く決意を語らなけりゃ松井を許さない」と一席ぶっていた。
やがて松井がFA宣言の会見をした日、私はテレビの前で泣いて松井に詫びた。「裏切り者と言われるかもしれないが」「日本のファンのために死にものぐるいで頑張る」と松井は言った。俺みたいにつまらないことを言うファンがいるから、松井にそんな悲壮な言葉を言わせてしまったのだ。一人の野球選手として無心にチャレンジしたいに決まっているのに、松井は重荷を背負って行くことを決意していた。
2004年3月31日、55番が振ったバットが奇跡の音を響かせた。松井の凱旋アーチに狂喜乱舞する5万5000大観衆の中に、私はいた。2年ぶりに東京ドームのお立ち台に帰ってきた松井は「皆さんの凄い声援が背中を押してくれました」と泣かせることを言ったが、俺たちの応援が松井にホームランを打たせたのだというような、サッカーのサポーター論みたいな物言いを私はしたくない。松井と野球の神様だけが知る領域の勝負を、私が応援するなどおこがましい。自分に夢を実現する力がないから、映画や野球に夢を見させてもらっているに過ぎないのだから。私はマーロウのようにタフで優しい中年男にはなれなかったが、ヤンキースのユニフォームを着た松井はディマジオに負けないくらいカッコイイ男になっていた。
松井の父は「夢の中にいるようだ」と語り、トーレ監督は「松井は映画の主人公のようだ」と言った。5万5000人が映画のエキストラになって、『フィールド・オブ・ドリームス』の中にいた。「ここは天国か?」とつぶやいていた。
なんだ、あの試合をナマで観戦できたことを自慢してるだけじゃないか、と思われるかもしれないが……実はその通りである。ファンにできるのは、偉大な選手の伝説をつまらぬ自分が伝えさせてもらうことだけだ。
黒住光
(ライター)
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しばらくお休みしておりますが、ある日こっそり復活しますので、よろしく。
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