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レギュラーコラム 黒住光

[2003年07月23日]
恋のナイトフィーバー vol.5

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最近になって往年の東映映画『新幹線大爆破』を初めて見た。一度見てみたいとは思っていたのだ。75年公開時に面白いという評判をリアルタイムで聞いていたから、実に28年越しの想いがかなった対面だ。いや、ビデオ借りればいつでも見れたんですけどね。
 新幹線に爆弾を仕掛けて身代金を要求する犯人グループと、必死に爆破を食い止めようとする国鉄(現JR)、犯人を追いつめる警察。そのスリリングな攻防を描いたパニック・サスペンス映画である。まあ、そんなこと説明しなくてもタイトル見りゃ分かる。昔の邦画はよかったね。何なんだ、最近の邦画のタイトルは。『ナイン・ソウルズ』なんて言われてもどんな映画か分からんだろう。“どぐされ9人大脱走”とかでいいんじゃないのかね。古い? ……でしょうね。
『新幹線大爆破』はフランスでも公開され、日本映画離れした傑作エンターテインメントだと聞かされてきた。新幹線のスピードが時速80km以下になると爆発する仕掛けなので止まれない、という設定が後にキアヌ・リーブスの『スピード』にパクられたとも言われる(それにしても『スピード』も9年前の映画になるのか。壊れたピアノで思い出の歌を片手で弾きたくなっちまうよ、ホント)。
 しかし、『新幹線大爆破』を見たかったのは、傑作の呼び声を信じてのことではない。逆に、評判を疑わしく思っていたから確かめてみたかったのだ。なにしろ監督が佐藤純彌だ。角川の“証明”シリーズや『北京原人 Who are you?』『超能力者 未知への旅人』『君よ憤怒の河を渡れ』など、トンデモ系巨匠の佐藤純彌である。普通の意味での傑作であるはずがない。
 実際に見ると、確かに力ワザでグイグイ引き込まれる魅力もあって、普通に褒めることもできる映画だが、明らかなプロットの穴やとんでもなく唐突な展開、ちょっとどうかと思うような演出も随所に見られる。当時のセットやミニチュアが安っぽいなんて揚げ足取りは些末なことだ。まさしく佐藤純彌作品ならではのツッコミどころ満載の名画だった。
 うわー、「ツッコミどころ満載」なんて書いちゃったよ。そういう「大映ドラマを面白がる」式の態度も、すでに20年古い。『新幹線大爆破』のトンデモな部分をあげつらって面白コラムを書くのは簡単だが、そんなダサい真似をしてたまるか。興味がある人は自分で見て笑ってくれ。
 というわけで作品を嘲笑するような失礼なことは書かないが、微妙に引っかかった点について書く。
『新幹線大爆破』はチラッと映るだけの電話交換嬢が志保美悦子だったりして、超豪華キャスト作品である。国鉄司令室長に宇津井健、刑事部長に丹波哲郎、捜査一課長に鈴木瑞穂、鉄道公安本部長に渡辺文雄、北海道の酪農家に田中邦衛……等々、いかにもな顔をズラリと揃えてある。左翼活動家崩れの犯人=山本圭などは役名・山本圭でもいいぐらいだ。町工場経営者の犯人=高倉健も経営者って柄じゃないとは思うが、町工場は似合いだろう。
 ところが、それらタイプキャストで固めた配役の中で、なんだか浮いている人が1人だけいる。新幹線運転士役の千葉真一だ。健さんの次に名前が出る主演級扱いになっているが、出番はさほど多くない。この設定で運転士役があまり活躍しないというのも変な話だが、そんなことより新幹線運転士にソニー千葉という配役はどうなのだろう。途中で救援に来る別のひかり号の運転士が千葉治郎(矢吹二朗)なのだが、千葉兄弟が新幹線を動かしてる世界ってどうなのよ。
 いや、ミスキャストだと指摘して笑おうとしているのではない。致命的にミスキャストだとは言い切れない。千葉真一でも問題はないのだ。というよりも、例えば誰なら適役なのかと考えて思い浮かぶ俳優がいないことが問題だ。そこで気づいたのは、新幹線の運転士が重要な役になる映画など後にも先にもほとんどない、という日本映画史の知られざる事実……って私が知らないだけで、新幹線の運転士が歌って踊って空を飛ぶような映画があったりして。
 実を言うと、『新幹線大爆破』と同じ年に新幹線ネタの映画はもう1本作られている。東宝の『動脈列島』である。こちらは新幹線の騒音公害に怒りを覚えた男が国鉄を脅迫するという社会派サスペンス。犯人の青年医師は近藤正臣だ。70年代において、こういう役どころは山本圭と近藤正臣の交代制で回ってたわけである。『動脈列島』は公開当時に劇場で観た(なぜこっちを観たんだ、12歳の俺。普通なら『新幹線大爆破』の方だろう)が、新幹線の運転士役は印象にないし、キャスト表を調べても分からない。『新幹線大爆破』のように1つの列車をずっと追っていく話ではないので、運転士にはスポットが当てられていなかったんだと思う。
 ちなみに『新幹線大爆破』の副運転士役は小林稔侍である(ほとんどセリフなし)。だったら、高倉健を運転士にすれば『鉄道員(ぽっぽや)』コンビでお似合いだろう。しかし、この2人に運転させたら新幹線がSLになってしまうのでダメだ。『父ちゃんのポーが聞える』の小林桂樹とか、SLの運転士ならある種のイメージが湧いてくるのだが、いったい新幹線は誰が似合うんだ。
 例えばパイロットなら分かりやすい。70年代には圧倒的に田宮二郎のハマリ役だ。パイロットであると同時に天才外科医で秘密諜報員。『動脈列島』には科学捜査班主任で主演していた。知的でスマートな憧れの職業は、すべて田宮二郎でオッケーだった。惜しい人を亡くしたものである。
 パイロット=絵に描いたような二枚目、SL運転士=頑固でススまみれ、タクシー運転手=月がどっちに出てるかを気にするリストラ経験者。といったステレオタイプな(勝手な)イメージを、新幹線の運転士に対しては我々は持っていない。たぶんJRの運転士の中では花形なのだと思うが、どの程度カッコイイ存在なのだろう。だいたい給料はいくらぐらいなのかも見当つかない。ローカル電車のように客席から運転席を覗くこともできないし、JR関係者以外には神秘のベールに包まれた存在だ(んな大げさな)。新幹線は無事故なので、ニュース等で運転士がクローズアップされることもない。
 ……と、ここまで考えて思い出したのである。ちょっと前にけっこう大きなニュースになったではないか。新幹線の運転士いねむり暴走事件。そうだ、あのニュースこそが我々の中に初めて具体的に生まれた新幹線運転士のイメージじゃないか。ってことは新幹線運転士=無呼吸症候群ということだ。いいのか? いいのだよ、あくまいわれのない偏見としてのイメージなんだから。例えば世間の人たちに、ライター=貧乏で足臭い、という偏見が持たれていても私は構わない。あ、これは事実か。
 ともかく、新幹線運転士のキャスティングのポイントがつかめたわけだ。無呼吸症候群が似合うのは誰かと言えば、これはもう西田敏行しかいないだろう。なぜって言われても根拠はない。イメージである。西田敏行は無呼吸症候群な気がするじゃないか。誰が何と言おうと断然、無呼吸だ。いや待てよ、伴淳三郎の方が無呼吸度が高いような気もする。あのアジャパーには無呼吸的な……って、若い人にはさっぱり分からない話だな。伴淳じゃ70年代でもすでに歳を取りすぎている。やっぱり西田敏行だ。私の目には、まだ池中玄太80kgになる前の70kgぐらいだった頃の西田敏行が、新幹線を運転する姿が根拠もなくはっきりと見える。新幹線運転士は西田敏行をおいて他にはありえない。佐藤純彌的な強引さをもって、私はそう決める。
 西田敏行は東映の俳優ではないし、『新幹線大爆破』の時期にはまだ知名度もなかったが構わない。『新幹線大爆破』の運転士役は、もともと小さな役を千葉ちゃんの名前だけでデカくしていたのだから。ブレイク前の西田敏行でも無理やりネジこめないことはないだろう。司令室の宇津井健に向かって「アンタは気楽でいいですね! そこに座って、ああしろこうしろ言ってりゃいいんだから!」と喰ってかかるのも西やんには似合う。完璧だ。これで分かった。千葉真一の運転士役はやはりミスキャストだった。『新幹線大爆破』は西田敏行の幻の出世作として私は記憶することにしよう。
 ところで、75年に新幹線映画が2本も作られたのにはワケがある。この年は山陽新幹線が博多まで開業した年だったからだ。これが開通していなければ、『新幹線大爆破』のひかり109号は岡山で爆発してしまっていただろう。岡山まで開通したのが72年。3年間は岡山が新幹線の西の終着駅だった。私は岡山の子供だったのでよく覚えているのだ。“夢の超特急”なんて言葉を額面通りに受け取る年頃のガキだった。映画の中で、パニックでおかしくなったオッサンが「びゅわーんびゅわーん、はっしーるー、あおいひかりのちょーとっきゅー!」と懐かしい童謡を歌い出すシーンで、その芝居のテンションの高さに思わず吹き出してしまったが、ちょっと涙が滲んできたのは笑いすぎたせいばかりじゃない。


黒住光(ライター)ちなみに、いねむり暴走事故が起きたのも岡山駅でしたね。リリー某といういいかげんなオヤジは、岡山県のことを横溝正史の小説そのものの暗くて陰惨な土地だと思い込んでいるが、瀬戸内の陽光降り注ぐ穏やかで住み良い土地なのですよ。