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レギュラーコラム 黒住光

[2003年05月23日]
恋のナイトフィーバー vol.2

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ファシズムなんて言葉をひさしぶりに思い出してしまった。というのはイラク戦争のことでもなければ、有事関連法案や個人情報保護法案に異を唱えようとしているのでもない。タバコ廃絶法のことだ。いや、そんな名称の法律はないけれど、実質的にそういう内容の法律がいつの間にか決められていた。
 他人の健康を害する行為はよくないとは私も思う。私が吸っているタバコの煙が他人の健康を害しているらしいから反省しようとは思うが、どの程度害しているのか。まるで殺人者を告発するような口調で嫌煙を主張する声の存在を考えると、私はイライラしてストレスがたまり、おそらく私の体の発ガン率が高まっていると思う。いったいどっちが人の健康を害しているのだろう。
 ……そんなことを考えていると健康に悪いので、映画でも見た方がいい。こんな時は『オール・ザット・ジャズ』を見るに限る。
 ロイ・シャイダー演じる演出家ジョー・ギデオンはヘビースモーカーである。アメリカ人がまだタバコと平和共存していた1979年の映画だが、それにしてもギデオンの吸いっぷりは常軌を逸していて、シャワーを浴びる時にもタバコをくわえている始末。心臓手術で入院してもタバコをやめない。
『オール・ザット・ジャズ』は『シカゴ』で再注目されている天才振付師&演出家、故ボブ・フォッシーの自伝的作品である。映画の中のギデオンがタバコも酒も薬も女もやりまくる姿は、フォッシーの日常そのものだったらしい。いかにも破天荒な芸術家っぽくてカッコイイけれど、フォッシーはそれを自慢しているわけじゃない。ナルシズム映画だと批判する人もいるが、そういう人は「あなたの煙のせいで私をガンにする気ですか!」とか言い出すような、自分の立場だけで物事を決めつけるタイプの人じゃないかなあ。……と、語尾がちょっと弱気になってしまったが。
 ともかく、『オール・ザット・ジャズ』には「芸のためなら女房も泣かす」式のオゴリ高ぶりはない。芸術家だからじゃなくて、ダメ人間だからタバコも浮気もやめられないということを謙虚に反省してみた映画なのである。
 自分に死期が近づいていることにギデオンはうろたえる。俺は芸術家としてやり残したことがあるとか、俺には愛する女たちがいるからとかいうのではなくて、ただ単に死にたくないとウロタエる。映画のクライマックスは死の床の幻想の中。ギデオンは自分の人生に関わった人々を観客にしてショーを繰り広げる。歌い踊り、ステージを降りるギデオンは、まだ死にたくないよと泣きもしないし、わが人生に悔いなしと笑いもしない。予防注射の順番が回ってきた小学生のような顔で死の女神の前に赴くだけである。
 これほどリアルに死を描いた映画はないと思う。納得した顔をしようが、納得できない顔をしようが、結局は順番が来て死ぬだけだ。泣いてもわめいても順番は来る。最後の瞬間に、タバコのせいだとか他人のせいにしたくはないものである。


黒住光(ライター)
あと2日で40歳になる。高校生の頃にこの映画を見た時にも意味は分かっていたが、実感が分かるようになったのは最近だ。ロイ・シャイダーが洗面所で顔を洗い、鏡に向かって「イッツ・ショータイム」とつぶやくカットが繰り返される。この映画のシンボルになっているイメージだが、毎朝死にそうに気分が悪いけど今日も生きるというこの気分。分かりすぎるなあ。