[2006年03月24日]
vol.42『引っ越しの話』

先日、20年暮らした町を離れ、となり町に引っ越した。
と、いうとなんでもない事のようだが、気が違うほど多忙な3ヶ月であった。 元の家は3月で契約がきれる、おまけに新しい家はボロボロで手をくわえなければとても住めない物件だったからだ。 初めは自分でちょこちょこ直しゃあいいかと思ったが、そこは素人の浅はかさ、壊すことはできても直すことができない。
役所のシルバー人材派遣に電話して、74歳の大工さんを頼んだ。少しでも金を浮かせようと、自分も手伝い、二人でちょっとしたリフォームをしていた。 74歳といっても達者で元気でオシャレなおじいさん。差し金、ノミなどを使い職人技を披露してくれた。
主に、僕が解体して大工さんがそこを直すというチームプレーだったが、ノミでほぞ穴をカンカンあけている姿がカッコ良く、自分もやってみたいというと、心良く教えてくれた。
「うまいもんじゃない」なんておだてられながら、調子にのってノミをその辺に置いとくと「そんなとこ置いちゃダメだ、刃物が欠けたら仕事んなんないよ」と怒られる。
「すいません」と大工さんの足もとを見るとノコギリをふんづけている。 これは歳のせいなのか、うっかり屋さんなのか?。 しょちゅう「あれ?エンピツどこやったっけ?」ときくので僕はつねに腰袋へ3本のエンピツを用意していた。
大工さんは昼休みにいろんな話をしてくれた。差し金を手に「昔の大工はこれ一本で家を作っちゃったんだからねぇ」とか「昔のノコギリはこんなに歯が細かくなかったんだから…今は楽んなったよ」なんていいながら缶コーヒーを飲んでいる。
黒い革のライダースーツを着込み、雨の日以外はバイクでやって来る。 作業服はジーンズだ。 ある日「若い頃はやっぱ、印半纏(しるしばんてん)着てたんですか?」と聞くと「今はもう、着ないけど家にあるよ…あんた欲しいならあげようか?」という。 しるしばんてんとは背中に屋号を染め抜いたハッピみたいなものだ。「え〜? いいんですか?」なんていいながら図々しくも心待ちにしていると、そのうち持ってきてくれた。
OH!カッコいい。さっそくそれを羽織り、張りきってそのへんを片付けていると、水道工事にきた職人さんに親方と間違われた。 「いや〜、僕はここに住む者でして…ヘヘヘ壊し専門」 「なぁ〜んだ、ずいぶん立派なナリしてるから、てっきり…」。
後々わかった事だが、大工さんもまさかその場で着るとは思わなかったらしい。音楽をやっていると言ったつもりが、どこでどう間違ったか、役者だと思い込んでいたようで、舞台で着るもんだとばかり思っていたという。おまけにその印半纏は死んだ親父の形見で床の間へ飾ってあったというじゃないか。 そんな大事なものを、簡単にくれないで下さいよ〜、だ。 「じゃあ、やっぱり返そうかなあ」というと、いったんあげたもんだから、あんた使いなさいよ、ってんでもらってしまった。それにしても印半纏を着て張りきってる僕の姿は間違いなくアホぼんであった…。
3ヶ月のあいだ、じぶんちのリフォーム、その大工さんに頼まれる他の家のバイト、レコーディングのミックスダウンなどで毎日ヘトヘトだった。
ようやく住めそうな家になったのは引っ越しの二日前。 いろんな部分が間に合わなく、掃除にきてくれた友人からは「なんか……作りかけの家だねぇ」なんていわれた。
引っ越し前日、荷物を梱包していると、いつの間にこんな…と思うほど物が増えていた。5年前ここに来たときはCDが5、6枚しかなかったのに、ダンボール一箱になっている。一度も開けたことのない謎の箱がいくつもある。
棚の中をのぞくと『この小箱はなんだ?』『ああタオルか』 『こっちの小箱はなんだ?』『ああタオルだ』 『奥のかたまりはなんだ?』『タオルだ』 『下のやわらかいのはなんだ?』『タオルだ』タオル、タオル、タオルの恐怖。
次の棚をのぞき『この小箱はなんだっけ?』『な〜んだ皿か』 『こっちの小箱は?』『へ〜皿だよ』 『このでっかいのは?』『皿だ』 『立てかけてあんのは?』『皿だ』 『まさかこれは皿じゃないだろう』『湯飲みだ……』
『もう、捨てよう。あらゆる物を捨てて自由になろう』。 罪悪感がわく前に、人格を悪魔に設定して、ものすごいスピードで捨てまくった。
そして、筆舌に尽くし難い殺人的な引っ越しは終わった…。
一息つこうと思い、お茶を入れようとしたが、お茶っ葉がない。
『あれ? どこへしまったっけかな?』『あー捨てたんだ』 『じゃあ引っ越し祝いにそばでも茹でようか? にんべんのそばつゆは…』『捨てました』 『どんぶりは?』『捨てました』 『だったら今日は鍋にしよう。土鍋は?』『捨てました』 『しょうがないレコードでも聴こう。プレイヤーは?』『捨てました』 『塩は?』『捨てました』 『猫の皿は?』『捨てました』 『テレビは?』『捨てました』
いったい誰だ? 誰がこんなに捨てやがったんだ…?
末筆失礼
オグラ
(ミュージシャン)
プロフィール
1965年静岡県生まれ。高校生の時、ラジオで聴いた友部正人の歌に驚愕。1985年より「青ジャージ」というバンドで歌い始める。1992年バブル崩壊のあおりをくらい、メジャーデビュー目前にしてポシャる。青ジャージ解散。1993年「800ランプ」結成。インディーズより3枚のアルバム発表。その後、2001年800ランプ活動休止。2002年より自作の「インチキ手廻しオルガン」を廻しながら歌うスタイルでソロ活動開始。2006年2ndCD『オグラBOX 3枚組』(MIDI Creative)発表。
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