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レギュラーコラム オグラ

[2005年08月01日]
vol.35『おばあちゃんの話』

 
呑んだくれの親父に愛想をつかし、母親が泣きの涙で出ていったので、僕は幼い頃、祖母の家で育てられた。

昼間は祖母の家の近くの小学校へ通い、夜、晩ごはんを食べた後、親父が車で迎えに来て、社宅のアパートへ帰るという実にアクティブな日々を送っていた。


祖母の家には、祖父、親父の兄のおじさん夫婦、歳の離れた従姉妹がふたりいた。


僕のことを不憫だといい、みんなよくしてくれた。僕自身は自分を不憫だと思ったことは一度もなく、大人の眼差しを不思議に受け止めながらウンチをもらしていた。


祖父は無性に無口だったが、食べたあとのミカンのほろを、僕の首すじへそっと置くなどのイタズラをする人でもあった。 祖父がミカンを食べ出すと、警戒して背後に気をくばったが、いつの間にか置かれてしまい、汚いといっては泣いて怒った。

総勢7人の大家族だったが、晩ごはん時はわりと静かで、NHKのニュースが流れる中、
僕はシーチキンのきゅうり和えばっかり喰っていたように思う。豆を甘く煮たような地味なおかずばかりだったからね。


夜になると親父が迎えに来る訳だが、たまに来ない時がある。『あの野郎、またどっかで呑んでやがんな?』って思ったかどうかわかんないけど、祖母と神社の所まで行って、親父の帰りを待ったりした。「それっ! あの車じゃないのかね?」なんていうけど、祖母は色しか見てないので「ちがうだよ、ニッサンのチェリーだよ」と僕は車種ばかり気にしていた。

祖母の家は好きだったが、夜になるとなぜか社宅へ帰りたがった。なのでそんな日は祖母がバスで僕を送っていく羽目になる。バス停まで行ってそこにある『きんつば屋』できんつば饅頭を買ってもらうのが恒例となっていた。

そのバスは郊外へ向かうため、いつも満員でやってくる。僕はおっとりしていたが、反面、たいへん落ち着きのない子供で「あんた、すぐ、とび乗っちゃわないで、おば
あちゃんと一緒に乗るだよ!」ときつく言われていた。 しかしバスが来ると変にハシャいでしまい、ワ〜イと乗り込みギュウギュウの大人をかきわけ一番後ろまで行ってしまう。

バスが動き出してしばらくすると『おばあちゃんはちゃんと乗れたかな?』とだんだん不安になってくる。着物に草履といういでたちなので『足がのろいから、乗り遅れたんじゃないか?』と、とび乗ってしまった事をいつも後悔するのだ。

背伸びしても姿は見えず、たくさんいる大人がみんな他人だと意識される。半泣きで祈っていると、恐い顔をした祖母が他人をかきわけやって来てくれる。僕は少しふてくされつつも、どっと安心して、『もう、二度ととび乗らないぞ』と誓う。

しかし、何日もたたないうちに、そんな事はすっかり忘れてしまい、バス到着、ハシャいでワ〜イ、だんだん不安、後悔、祈り、誓い、というサイクルを何度もくり返した。


あの頃、祖母は何歳だったんだろう? ずいぶん気をもんだだろうなあ、ハハハ、お
ばあちゃんゴメン、今年はお墓参りに帰ろうかな…。


先日、リリーさんの新刊小説を読んで、こんな事を思い出しました。


末筆失礼


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