header_081001_04.gif


レギュラーコラム オグラ

[2005年01月13日]
vol.28『小島君の話』

 1月12日、友達のギターリストが肺ガンで永眠した。小島史郎、40歳だった。


半年前、肺ガンだと聞かされた時が一番ショックだったように思う。今年1月5日に体調が急変して入院した。医者に三日と言われたが一週間生き延びた。あまり面会もできなかったが、半分意識のない中でギターを弾く真似をしたり、うわごとでコーラスをハモったりしていたらしい。点滴の管をくるくる巻きだしたり、医療器機にささっているジャックを抜こうとしたり…。付添い人が「それ、抜いちゃダメだよ」というと「今日はもう、終わったからいいんだよ。」なんて言ったらしい。一週間ずっとラ
イブをやってたんだ。

入院している間、人がドッと押し寄せた。何人かの友達が『何か必要なものがあったらいって』と、ことづけていたが、今、小島君に必要なものが誰にもわからない。

帰り道、僕らは何人かで居酒屋へ入った。最初は普通にしゃべっていたが、「小島君のギターはピアノみたいな音すんだよな」と誰かがいうと誰かが泣き出し、「まだ、死んだ訳じゃないんだから」ってまた誰かがいったけど、涙は伝承して全員が泣いた。僕らは酒のんで泣くことしかできないガキだった。


三回目に病院へ行った日、黒い特攻服の男たちが駅前で演説をしていた。ひとしきり何か述べたあと、テーマ曲のようなものを歌うと言った。テープをかけ一緒に歌い始めたが、テープの音量に比べて、その声はボソボソと元気のないものだった。見渡すと立ち止まる人はほとんどいない。


何やってんだ、もっと、でっかい声出せよ、そんな声で音楽が届くと思ってんのか?


声出すのもつらい奴が病院のベッドでコーラスしてるというのに。一瞬感情的な気分になり、いろんなものが憎たらしく思えた。


十年位まえ、ウチの猫がバイクに轢かれて死んでしまった。僕はスタジオでその知らせを聞いた。『先に帰るわ』なんてションボリ帰ったので、みんなは『今はそっとしといてやろう』って話になったらしい。

そっとしとこうって感受性も嬉しかったが、どこで聞き付けたのか、小島君はひとりでやって来た。『手あわしたらスグ帰るから』なんていいながら、その手には酒を持っていた。

小島君は男気のある奴だった。そっとしとこうって感受性も持ち合わせながら、それを越えてやって来た小島君に何かを教わったような気がする…。



告別式はものすごい数の人が来た。ストーンズが流れる中、小島君は黒い車に乗ってどこかへ行ってしまった。やっぱり、まだ、実感はわかない。いろんな事を思い出してるだけだ。打ち上げの事や、建築現場の事や、子猫をもらいに来た事や、ちくわ弁当の事や、半音転調の事や、変なかくし芸の事や。こんなこと載せて何なんだ?って気もするけどなんとなく書いてみました…。



覚悟を用意している自分が 不謹慎に思えた


覚悟を準備している自分が 冷酷に思えた


いずれ 自分も死ぬんだって事を 誰もが知っている


夜毎の睡眠は 死へのリハーサルなのかもしれない


人間はたったひとりで死んで行く

そんな事は わかっている


はじめから わかっている


わかってるけど わかってるだけだ


わかってるだけだから 止まっている


「わかってる」が 止まっている


「わかってる」が 行き止まりで困っている


あたり前だけど


何の役にもたたなくて ゴメン…


末筆失礼

【感謝】えー、暖かい励ましのメールを送ってくれる皆さん、どうもありがとうございます。日毎夜毎、励まされております。ライブにも是非。