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リリー・フランキー

[2005年09月28日]
シナモン日記 vol.7

6月末に「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」を刊行して以来、この3ヶ月、日本全国約30カ所の書店でサイン会をやりました。バスや列車や飛行機に乗って、たくさんの町を回りました。
 一店限定100人で約3000人のお客さんの名前を書き、サインをして写真を撮り、お話をしました。100人サインするのに3時間前後かかってしまい、整理券番号が後ろの人は長い時間、立ったまま待たせてしまったと思います。ごめんなさい。
 イベントにトークショー、雑誌の取材は50誌くらい?もう数えきれないくらいやってもらいました。テレビに出るのは今でも苦手なのだけど、宣伝をしてくれるというのでだいぶやりました。
 そうしているうちに、夏はいつの間にか過ぎようとしていて、かき氷を一杯も食べないまま、今、秋の虫が鳴いています。
 そして、皆さんからたくさんの手紙、HPにはメールを頂き、とてもうれしいのと同時に、不思議な気分がしています。

 この小説はまだオカンが虫の息になりながらも生きていた病院のベッドの隅で書き始めました。無力な看病をしながら、なにをしてあげることもできず、その中で、ふと、オカンのことを書いてみようと思ったのがきっかけです。
 はじめは本にすることを具体的に考えていないまま、冒頭の部分を何度も書き直していました。でも、まだオカンの死が生々しいうちはなかなか書き進めることができず、月日は流れ、それから二年後、エンタクシーという同人誌に参加した時から、二年かけて書き続けたものです。
 最初の一行を書いてから本になるまで、4年以上が経っていました。本を作る作業の中で、ゲラを直したり、本のデザインをしたり、そのたびに思い出し、何度も何度もオカンの葬式をしている気がしました。
 ボクは文章を書く仕事をしていますが、この本を出すことは仕事という感覚はまるでなく、また、こんなものを読んで人がおもしろいと思うこともないだろうと感じながらも、オカンの供養のような気持ちで本を作っていたのです。
 でも、みなさんの話を聞いたり、手紙やメールを読んだりしているうちに、なにか、ボクのオカンの葬儀にみんなが参列してくれているような、あつかましいですけど、そんな不思議な気持ちがしています。
 ひとりひとりの人たちが、御自分の親へ対する想いと重ね合わせて、色んなことを書いてくれました。どれも温かいものばかりでした。ありがとうございました。

 今まで、あまり強く思ったことはなかったのだけど、この本はなるべくたくさんの人に読んでもらたい。そう思ったのです。
 一冊の本でこんなに何回もサイン会をやってるバカを自分以外に見たことがないけれど、できることなら全ての本を直接手で届けたいと思っています。
 本の装丁(デザイン)をする時、考えたことは一つだけでした。
 大切に扱ってもらえる本にしたい。紙の手触りとか、重さとか、心地良くしたい。
 そして、これはオカンの本なのでオカンなテイストにしたかったのです。
 よく、もらった洋菓子の包装紙とか、結んである金色のひもとか、うちのオカンに限らず、おばちゃんってそれを捨てられないで、大事に取っとくじゃないですか。
 あれみたいに、なんだか捨てられないかんじがする本にデザインしたつもりです。

 たくさんのメールやお手紙、ありがとうございました。今まではなるべく、忘れられるくらい遅くなっても返事は返すように心掛けていたのですが、今回は量が多くて、返事を出せそうにありません。
 御無礼お許し下さい。

 読んでくださったすべてのみなさん、ありがとうございました。
 取り急ぎ、秋の気配をかんじましたもので一筆さし上げた次第でございます。

二〇〇五年 初秋 リリー・フランキー