[2004年03月17日]
シナモン日記 vol.6
盲月獣日
仕事でも、自分自身のことでも。
人にどう見られるかを気にして、何かを制限したり、選びぬいてみたり、言葉を探してみたり。それもかっこわるいと思い、でも、何にでも手を染め、こだわりがさもないように振る舞い、強がってみるのもみっともないと思い。
漠然とした足かせに、くすぶり、立ち止まっていた時、そのお話は来た。
それはまだ、2000年の冬。20世紀が終わろうとしていた年末だった。久しぶりに連絡のあった知り合いが、今、石井輝男監督のプロダクションで製作の手伝いをしているという。そして、石井監督が新作を撮影するにあたり、キャスティングをしているのだがワンシーンだけ出てくる番頭の役で、出演しないかということだった。知り合いは、ボクが石井作品の大ファンだということを知っていて、勧めてくれたのだと思う。
とはいえ、ボクは自分に芝居の才能がないのだということをよく知っていたし、なによりも、畏れ多いと思った。しかし、石井監督がどうやって映画を撮影するのか、その場で見てみたいという気持ちも強い。知り合いに、役者というのもなんだから、スタッフとして何か手伝わさせてくれないだろうか、と言った。
そんなやりとりがあって、一週間ほど経った時、また知り合いから電話があり、今度はこう言ったのだ。
「番頭の役ではなく、三文小説家の役をやりませんか?主役です」
冗談でいっているのかと思ったが、どうやら本気らしい。ボクは返す刀で答えた。
「無理です」
どういう経緯でそんな話になったのかは知らないが、この時点でボクにそんなオファーがあるくらいだ、なにか、そんなことになっているのだろう。クランクインまで、2週間もなかった。
石井監督と言えば、キング・オブ・カルトとして国内外に熱い支持者を持つ、巨匠である。
「スーパージャイアンツ」「網走番外地シリーズ」「恐怖奇形人間」「直撃!地獄拳」、近年では「地獄」「ねじ式」等、多数の石井ワールド炸裂させてきた唯一無二の監督。ジョン・ウー、クエンティン・タランティーノといった海外の映画監督からも敬愛され、高倉健、千葉真一、丹波哲郎、浅野忠信を主演にメガホンをとっきた人である。
「荷が重すぎる!」
ド素人である。そのくせ演出をするような仕事では役者さんに「もちょっと、こうして」とか言っていやがるし、オレ。その上、映画の原稿では、あれこれ文句をたれたりもしているのである。
どの面下げて、そんなことができる?そして、その後、人に何と言われることか。
考えただけでも恐ろしい。そしてなにより、そんなことしたら、自分の憧れに対して、自分が申し訳ない。
確実に、敬遠する気持ちの方が勝っているのだが、心のどこか一部分では「直球勝負してみたい…」という生半可な思惑も垣間見えたりするのだが、いかんせん、球が遅い。いや、届きもせんだろう。
台本を読み直してみた。
「盲獣VS一寸法師」。江戸川乱歩の「盲獣」と「一寸法師」を石井監督がミックスしたオリジナル脚本である。目の見えない殺人鬼VSミニモニよりも背の低い殺人鬼。大声で説明するのがはばかられる、エログロ石井ワールド。
その二人の起こす事件を謎解く、明智小五郎。その横で、事件に関わりながら、美麗未亡人に岡惚れしている三文小説家・小林紋三というのが、件の役どころである。
三文小説家という設定は、役というより、ボク自身そのままである。未亡人に惚れ込んだりするあたりも、まさにオレだ。
とはいえなぁ…。やっぱり、無理だろう…。
しかし、時として人の感情は無理だといいながらも、股を開くことがある。出来ないと思っていても、口でハッキリと断れない。それでもいいと、背中を押されると普段の常識では考えられないようなものを、ナメたりするものだ。やりたいという気持ちがどこかにあるのだろう。ああ、恥ずかしい。
「奥さん!上の口ではそない言うても、下の口はそうとは言うてまへんでぇ。見てみなはれ!」
「いやぁ!やめてぇ!」
「ほら!もうこんなんなっとるがなぁ!」
「いやぁ!恥ずかしいのは本当なの!見ないでぇ!」
こういう精神の葛藤だろうか。
とにかく、すると言う方角でクランクインの日が近づいていった。
(映画撮影編につづく)


































